ズブルチの偶像

From Wikipedia, the free encyclopedia

ズブルチの偶像。クラクフ考古学博物館
ズブルチの偶像。バルワン英語版(キリスト教以前のスラブ信仰の偶像)の一例

ズブルチの偶像(ズブルチのぐうぞう、ポーランド語:Światowid ze Zbrucza;旧ポーランド・リトアニア共和国領(当時はロシア帝国)で発掘、ウクライナ語:Збручанський ідол、ロシア語:Збручский идол)は9世紀の偶像。より正確に言えば、バルワン英語版[1]キリスト教以前のスラブ人の偶像)の一例であり、そしてキリスト教以前のスラブ信仰の数少ない記念碑的なものの1つである。全ての浅浮彫と、それらのシンボルの正確な意味に対する見解は異なっているにもかかわらず、この柱はスラブの神スヴェントヴィトと一般的に関連付けられている(後述のように異論もある)。浅浮彫の三階層は世界の三階層を表現していると考えられている。底の方から地下世界、中央は人間の世界、そして一番上の最も大きい階層が天界の神の世界である。

この彫像はキエフ大公国の洗礼(966年にポーランドでキリスト教が受容された)後のある日、キエフノブゴロドに埋められた多くの偶像のように竪穴に廃棄もしくは埋められたことをほのめかしている。19世紀にズブルチ川ドニエストル川の支流)が流れを変えたとき、この柱が埋まっている領域が水没した。[2]この柱は1848年に旧ポーランド・リトアニア共和国領の一部であった Liczkowce 村の付近が干魃(かんばつ)のときに発見された。現在のウクライナの Lychkivtsi (Личківці)であり、フシャティン(Husiatyn)のちょうど北である。現在、この彫像はポーランドのクラクフクラクフ考古学博物館に展示されている。いくつかの博物館に正確な複製が展示されており、モスクワのロシア国立歴史博物館にも展示されている。

実物の浮彫の写真
ズブルチの偶像の浮彫の模写(1853年)。太陽のシンボルは描かれていない。
ズブルチの偶像の各面を飾っている浮彫の表現(2013年)。最下層の最も右にある太陽のシンボルは想像で描かれている(現存のものには残っていない)。

ズブルチの偶像は灰色の石灰岩でできた4面の柱であり、高さは2.67m、そして各4面に彫られた三階層の浮彫を持つ(訳注:英語版に grey limestone と書かれていたので、このように訳したが、写真を見る限り灰色に見えない)。最下層は67cm、中間層は40cm、そして最上位層は167cmである(訳注:合計値が合わないが、英語版にこのように書かれていた)。この記念物が1848年に発掘されている間に最下層が壊れて消失していた可能性がある。[2]その浮彫はかなり酷い状態であったが、発掘当時の着色されたいくつかの写しが1960年代に発見された。[1]その浮彫は以下のキャラクターを表現している。

  • 最下層の3面は、跪いてヒゲを生やした人物が両手で上の階層を支えていることを表している。第4面は空白である。
  • 中間層は両腕を広げたより小さな人物を4面全てに表している。4面中1面だけ人物とともに小さな子供の姿が見える。
  • 最上層の4面はこの偶像の最大の人型の像であり、高い丸みのある帽子の下に4つの顔が結合されている。各面は個別の象徴を表している。リングあるいはブレスレッド、角杯あるいは豊穣の角、剣と馬、そして侵食された太陽のシンボルである(訳注:後述によると太陽のシンボルが侵食されて消えてしまったということらしい)。

発見と論争

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI