セサル・フェランド
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 |
セサル・フェランド・ヒメネス César Ferrando Jiménez | |||||
| ラテン文字 | César Ferrando | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1959年7月25日(66歳) | |||||
| 出身地 |
| |||||
| 身長 | 180cm | |||||
| 体重 | 77kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
| |||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
|
| ||||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1977-1981 |
| |||||
| 1981-1984 |
| 50 | (2) | |||
| 1984-1985 |
| 35 | (4) | |||
| 1985-1987 |
| 26 | (2) | |||
| 1987-1988 |
| 37 | (9) | |||
| 1988-1989 |
| 33 | (3) | |||
| 1989-1990 |
| 35 | (14) | |||
| 1990-1991 |
| |||||
| 通算 | 216 | (34) | ||||
| 監督歴 | ||||||
| ?-? |
| |||||
| 1997-2000 |
| |||||
| 2000-2002 |
| |||||
| 2002-2004 |
| |||||
| 2004-2005 |
| |||||
| 2005-2007 |
| |||||
| 2008-2010 |
| |||||
| 2012 |
| |||||
| 2013-2014 |
| |||||
| 2016 |
| |||||
| 2018 |
| |||||
| 2018-2019 |
| |||||
| 2019- |
| |||||
|
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
セサル・フェランド・ヒメネス(César Ferrando Jiménez、1959年7月25日 - )は、スペイン・バレンシア州タベルネス・デ・ラ・バイディグナ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダーだった。CFラ・ヌシア監督。
バレンシア州のタベルネス・デ・ラ・バイディグナに生まれ、地元の強豪クラブ、バレンシアCFのリザーブチームでキャリアをスタートさせた。1981年4月26日、ラ・リーガのUDラス・パルマス戦にてトップチームデビューを果たした[1]。また、バレンシアはこのシーズンにUEFAスーパーカップ優勝を達成している。
バレンシアにて3シーズンを過ごした後、UDサラマンカ、CEサバデルと渡り歩き、後者では1シーズンのみプリメーラでプレーしたが、シーズン7試合出場と苦しい結果に終わった。サバデル退団以降は主にセグンダ・ディビシオンB以下のクラブで選手キャリアを送り、1991年にオンティニエンテCFで現役を引退した[2]。
指導者経歴
フェランドは地元のアマチュアクラブ、UDタベルネスで指導者キャリアをスタートさせた。1997年にはCFガンディアを3シーズン率いた。また、2000年から2シーズン指揮を執ったバレンシアBでは、クラブをセグンダ・ディビシオンB昇格に導いている。
2002年にアルバセテ・バロンピエの監督に就任すると、1シーズン目にクラブをプリメーラ・ディビシオンへと昇格させ[3]、2シーズン目となった1部の舞台でもクラブを残留させるなど、アルバセテのプリメーラ残留に大きく貢献した。
2004年、アルバセテでの手腕を買われ、アトレティコ・マドリードの指揮を執ることになった[4]。クラブのの期待はカップ戦出場権獲得だったが、フェランドが率いたアトレティコはリーグ11位に終わり、シーズン終了後の5月に、クラブの期待に添えなかったことで解任された[5]。アトレティコを退団後は古巣アルバセテに復帰し、2シーズン監督を務めた[6]。
2007-08シーズンからはセグンダのジムナスティック・タラゴナの監督に就き[7]、2012年にはエルチェCFを率いた[8]。しかし、いずれのクラブでも結果を残せず、2013年に自身初となる国外クラブを率いることになった。ジョホール・ダルル・タクジムFCでは1シーズン監督を務め、シーズン終了後に同クラブのスポーツディレクターになった。
2016年3月11日、スペインに帰国し、3度目となるアルバセテ監督就任が発表された。残留が目標だったが、就任後13試合で6敗と勝ち点を積み上げられずに解任された[9]。2018年7月21日、インディアン・スーパーリーグのジャムシェードプルFC監督就任が決まった[10]。