セントビンセント島
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| セントビンセント島 | |
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島の衛星画像(2009年) | |
| 所在地 |
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| 所在海域 | カリブ海 |
| 所属諸島 | ウィンドワード諸島 |
| 座標 | 北緯13度15分0秒 東経61度12分0秒 / 北緯13.25000度 東経61.20000度座標: 北緯13度15分0秒 東経61度12分0秒 / 北緯13.25000度 東経61.20000度 |
| 面積 | 344 km² |
| 最高峰 | スフリエール山(1,234 m) |
| 人口 | 100,156 人(2017年推計[1]) |
| 最大都市 | キングスタウン |
セントビンセント島(セントビンセントとう、Saint Vincent)は、カリブ海のウィンドワード諸島にある肥沃な火山島。セントビンセント・グレナディーン領。
歴史
1498年1月22日にコロンブスが望見し、発見した日がサラゴサのヴィセンテの祝祭日であったため、「聖ヴィセンテの島 (Isla de San Vicente)」と名付けた。のちにスペイン人は上陸したが定住に失敗し、撤退した。1627年7月2日にイギリスが領有を宣言するも、先にフランス人が入植し、バローアリーを建設した。1763年のパリ条約でイギリスの植民地として確定するも、1779年6月16日にフランスが占領。1783年のパリ条約で再度イギリス領となり、ウィンドワード諸島植民地へ編入された。短命に終わった西インド連邦を経て、1969年10月27日に自治領となる。1979年10月27日にグレナディーン諸島と共にセントビンセント・グレナディーンとして、英連邦王国の一国として独立した[2]。首都はセントビンセント島のキングスタウンに置かれた。
西インド諸島で最初にパンノキを持ち込まれた島として知られる。1789年、太平洋上で、西インド諸島の奴隷達のための安い食料としてパンノキを手に入れた後、バウンティ号の反乱が起きた。反乱者達は隠れ家として南太平洋にある無人の孤島、ピトケアン島に住み着いた。反乱の後、1792年に153本のパンノキがセントビンセント島とジャマイカに持ち込まれた。
1902年5月7日、スフリエール山が噴火して火砕流が発生し、1680人が死亡している(その翌日には島の北に位置するマルティニークのプレー山が三万人の命を奪う大噴火を起こしている)。
2021年4月9日、スフリエール火山が1979年4月以来となる噴火活動を開始。島内は火山灰に覆われ、停電状態が続いた[3]。


