タラントのたとえ

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タラントのたとえ話(彫刻, 1712年)

タラントのたとえは、マタイによる福音書の25章に収められたイエス・キリストのたとえ話の一つである。そこでは、キリストの再臨審判、そして、人の生き方について語られている。

新約聖書(口語訳)から引用。

25:14 また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕(しもべ)どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。

<25:15> すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。

<25:16> 五タラントを渡された者は、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。

<25:17> 二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。

<25:18> しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。
マタイによる福音書(25:14-18)

主人は戻ると僕(しもべ)たちを呼び寄せ、彼らに託された金銭をどのように扱ったかを説明するよう要求した。

彼はそのお金を商売に使ったしもべたちを褒(ほ)めてこう言った。「よくやった、善良で忠実なしもべよ! あなたはわずかなことに忠実であったから、私はあなたを多くのことの支配者にする。あなたの主の喜びに入りなさい。」

最後に来たのは、地面にお金を埋めていた僕(しもべ)であった。「ご主人様!私はあなたが、蒔(ま)かなかった所で刈り取り、まかなかった所で集める厳しい人であることを知っていたので、恐れてあなたのタラントを地面の中に隠しておきました。これがあなたのものです」(マタイ 25:24-25)。それに応えて、その紳士は彼と出席者に向かってこう語った。

<25:26> 彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。

<25:27> それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。

<25:28> さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。

<25:29> おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

<25:30> この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』。
マタイによる福音書(25:26-30)

同様の(しかし同一ではない)たとえ話がルカによる福音書(19:11-28)に記されているが、タラントの代わりにミナ(より小さな金額単位)が使われている。ルカの物語は、主人が去ったとき、「住民は主人を憎み、彼の後を追って使節を送って言った。『この人に王になってもらいたくありません』」(ルカ 19:14)とあるので興味深い。この物語には、サマリアユダヤエルサレムを含む)、イドマヤを統治する権利を確認するために皇帝アウグストゥスに会うためにローマを訪れた民族長ヘロデ・アルケラオス(en) の物語への言及が含まれていると考えられている[1]

解釈

脚注

関連項目

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