ダービン・ハム
アメリカのバスケットボール選手、ヘッドコーチ (1973 - )
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ダービン・デモンテ・ハム・シニア(Darvin Demonte Ham Sr., 1973年7月23日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州サギノー出身の元プロバスケットボール選手であり、現在は指導者。NBAのミルウォーキー・バックスでアシスタントコーチを務めている。
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ホワイトハウス訪問時のハム (2021年) | |
| ミルウォーキー・バックス AC | |
|---|---|
| 役職 | アシスタントコーチ |
| 所属リーグ | NBA |
| 基本情報 | |
| 愛称 |
Dunkin Darvin Ham Slamwich |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1973年7月23日(53歳) |
| 出身地 | ミシガン州サギノー |
| 身長(現役時) | 201cm (6 ft 7 in) |
| 体重(現役時) | 109kg (240 lb) |
| キャリア情報 | |
| 高校 | サギノー高等学校 |
| 大学 |
オテロ短期大学 テキサス工科大学 |
| NBAドラフト | 1996年 / ドラフト外 |
| プロ選手期間 | 1996年–2008年 |
| ポジション | SF |
| 背番号歴 | 35, 24, 31, 21, 8 |
| 指導者期間 | 2008年–現在 |
| 経歴 | |
| 選手時代: | |
| 1996–1997 | デンバー・ナゲッツ |
| 1997 | インディアナ・ペイサーズ |
| 1997–1998 | ワシントン・ウィザーズ |
| 1999 | CBグラナダ |
| 1999–2002 | ミルウォーキー・バックス |
| 2002–2003 | アトランタ・ホークス |
| 2003–2005 | デトロイト・ピストンズ |
| 2006 | トーキンテキスト・フォンパルズ |
| 2007–2008 | アルバカーキ・サンダーバーズ |
| 2008 | オースティン・トロス |
| コーチ時代: | |
| 2008–2010 | アルバカーキ・サンダーバーズ (アシスタント) |
| 2010–2011 | ニューメキシコ・サンダーバーズ |
| 2011–2013 | ロサンゼルス・レイカーズ (アシスタント) |
| 2013–2018 | アトランタ・ホークス (アシスタント) |
| 2018–2022 | ミルウォーキー・バックス (アシスタント) |
| 2022–2024 | ロサンゼルス・レイカーズ |
| 2024– | ミルウォーキー・バックス (リードアシスタント) |
| 受賞歴 | |
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選手時代
ヘッドコーチ時代
アシスタントコーチ時代
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| NBA通算成績 | |
| 得点 | 1,139 (2.7 ppg) |
| リバウンド | 963 (2.3 rpg) |
| アシスト | 229 (0.5 apg) |
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Stats NBA.com | |
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Stats Basketball-Reference.com | |
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Coaching Stats Basketball-Reference | |
経歴
現役時代
テキサス工科大学在学中の1996年にNCAAのスラムダンクコンテストで優勝した。同年のNCAAトーナメントにも出場し、チーム史上初となるスウィート・シックスティーン(ベスト16)まで進出。ノースカロライナ大学との2回戦ではバックボードを破壊する豪快なダンクを決め、このシーンがスポーツ・イラストレイテッドの表紙を飾った[1]。
1996年のNBAドラフトでは指名がなく、ドラフト後の1996年10月1日にデンバー・ナゲッツと契約した。1997年にはNBAオールスターウィークエンドのスラムダンクコンテストに出場した。その後はインディアナ・ペイサーズ、ワシントン・ウィザーズ、ミルウォーキー・バックス、アトランタ・ホークス、デトロイト・ピストンズでプレーし、NBA通算で417試合に出場した。バックス時代には現代のNBAでも広く使用されているセットプレー「ハンマー・セット」の命名者となっている[2]。また、ピストンズ時代の2004年には自身初となるNBAチャンピオンに輝いた。
その後はDリーグなどでプレーし、2008年に現役を引退した。
コーチ時代
2008年10月にDリーグのアルバカーキ・サンダーバーズのアシスタントコーチに就任し、チームが改名した2010年にはヘッドコーチに就任した。
2011年にはアメリカ合衆国国務省のスポーツ使節としてベネズエラを訪問し、貧しい子供たち200人を対象としたバスケ教室を開催した[3]。後にミャンマーでも同様の活動を行なっている[4]。
2011年から2013年までロサンゼルス・レイカーズのアシスタントコーチを務めた。
2013年にホークスのアシスタントコーチに就任した[5]。
2018年にホークスのヘッドコーチであるマイク・ブーデンホルツァーがバックスのヘッドコーチに就任すると、それを追って自身もバックスのアシスタントコーチに就任した。2021年には現役時代に続き2度目となるNBAチャンピオンに輝いた。
2022年6月3日にレイカーズと4年契約を結び、NBAでは自身初となるヘッドコーチに就任した[6]。
2023-24シーズン終了後に解任された[7]。
2024年6月10日、かつて在籍したバックスのアシスタントコーチに再び就任した[8]。
個人成績
NBA
レギュラーシーズン
| シーズン | チーム | GP | GS | MPG | FG% | 3P% | FT% | RPG | APG | SPG | BPG | PPG |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1996–97 | DEN | 35 | 3 | 8.9 | .525 | --- | .485 | 1.6 | .4 | .2 | .2 | 2.3 |
| IND | 1 | 0 | 5.0 | 1.000 | --- | .500 | .0 | .0 | 1.0 | .0 | 3.0 | |
| 1997–98 | WAS | 71 | 3 | 8.9 | .529 | --- | .473 | 1.8 | .2 | .3 | .4 | 2.0 |
| 1999–00 | MIL | 35 | 21 | 22.6 | .555 | .000 | .449 | 4.9 | 1.2 | .8 | .8 | 5.1 |
| 2000–01 | 29 | 13 | 18.6 | .488 | .667 | .592 | 4.2 | .9 | .6 | .7 | 3.8 | |
| 2001–02 | 70 | 2 | 17.3 | .569 | .143 | .504 | 2.9 | 1.0 | .4 | .5 | 4.3 | |
| 2002–03 | ATL | 75 | 1 | 12.3 | .447 | .000 | .481 | 2.0 | .5 | .2 | .3 | 2.4 |
| 2003–04 | DET | 54 | 2 | 9.0 | .493 | .500 | .600 | 1.7 | .3 | .2 | .1 | 1.8 |
| 2004–05 | 47 | 0 | 5.9 | .459 | --- | .387 | .7 | .1 | .1 | .1 | 1.0 | |
| 通算 | 417 | 45 | 12.4 | .518 | .250 | .494 | 2.3 | .5 | .3 | .4 | 2.7 | |