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チャプターハウス

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フライング・バットレスが建物を囲むリンカーン大聖堂のチャプターハウス
ウェルズ大聖堂(英語版)のチャプター・ハウス c. 1300
カンタベリー大聖堂のチャプターハウス
壮麗な後期ルネサンス様式のトレド大聖堂

チャプターハウス(英: chapter house)[注釈 1]とは、キリスト教世界の大聖堂、修道院、カレッジエイト教会(英語版)に付属する、主に集会に使われる空間(部屋または建物)である。

大聖堂に付属している場合は、大聖堂参事会(英語版)がそこで集会を行う。修道院では、全修道士が毎日寄り合って読書をしたり、修道院長や上級修道士の話を聞いたりした。カレッジ教会に付属している場合は、カレッジのディーン(英語版)、プレベンダリー(英語版)、律修司祭が集まる。

中世には、領内を視察中の君主が会議や謁見のためにこの部屋を使用することがよくあった。教会会議、教会裁判所(英語版)、同様の会議がチャプターハウスで行われることも多かった。

「チャプター」とはもとは告解や訓示を受ける集会のことだったが、転じて参事会(その施設を運営する役職が作る)をいうようになった。これは、もともとは集会のたびに聖書など規則書を章ごとに朗読したからだという。このための施設が「チャプターハウス」である。

設計

フィンランド、ポルヴォーの旧市街にある1750年代のチャプターハウス

修道院の一部であるチャプターハウスは、通常、教会の隣にある回廊の東翼に位置する。イギリスの多くの大聖堂はもともと修道院だったため、そこでも一般的である。それ以外の場所では、本堂とは別の建物であることもある。チャプターハウスは、修道院のすべての修道士を収容できるよう大きな空間が確保されており、時として豪華な装飾が施されている。

部屋には、壁に沿って周囲を取り囲むように石造りの座席が設置されており、中央部は解放されている。年長者の席は他の席よりも大きく、一段高くなった主席台(英語版)の上に置かれることがある。通常、出入り口は1つのみ。立地が許す限り採光は確保されているが、窓が高すぎて外からの視線(または盗聴)を許さないことが多い。大規模なチャプターハウスには回廊に面して待機空間がない場合に備えて、召集を待つ従者などのため控えの間が設けられていることが多い。暖炉や祭壇が設置されていることもある。

中世落成の建築物の場合多く石造りのヴォールトがあり、それを中央の柱が支える構造をとる。また、天井が非常に高い場合もある。形は長方形で正方形に近いものもあるが、八角形やその他円状のものはイングランド特有のものであり、いずれにしろ話者の声がよく響くように設計されている。

ウスター大聖堂(英語版)をはじめウェルズ大聖堂(英語版)、リッチフィールド大聖堂(英語版)、ウェストミンスター寺院、レイコック寺院(英語版)などの場合、中央の1本柱からヴォールト天井が広がる。またヨーク・ミンスターは木製で、中央に柱はない。壁の周りには、クロケット(英語版)付きの枠がついた凝ったベンチのアーケードが設けられていることが多い。イングランドのチャプターハウスは、大陸のものよりも凝っていて高度に装飾されている傾向があり、八角形の形状は、ヨーク・ミンスターを除いてほとんど失われてしまった壮大なステンドグラスの展示を可能にした。ウェストミンスター寺院を除いて、絵画は失われているが、彫刻が施されたアーケードと窓を重視するイングランドのデザインでは、ほとんどの大陸のチャプターハウスに見られるような大きな壁面は残されなかった。

ウェストミンスター寺院は、ウェストミンスター宮殿の向かいにあり、現在の建物が建てられてから、枢密院会議をはじめ王室の会合に使われた。ヘンリー8世の治世までは、庶民院の会議の通常の開催場所でもあった[注釈 2]。

イングランド国教会の宗教改革(英語版)後、まもなくして、現公文書局(英語版)の最初の拠点に転用され、座席の後ろに追加された後期ゴシック様式の絵画は、19世紀まで本棚の後ろに隠されて保存されていた。

一部のロマネスク様式やゴシック様式の修道院では、チャプターハウスの入り口は、特にそれが独立した建物である場合、華やかなファサードと、装飾豊かなアーキボルトに囲まれた扉を持つ。多くのチャプターハウスには凝った彫刻やフレスコ画があり、中には宗教芸術の傑作も含まれているが、時には世俗的なものもあった。現在、スペインとアメリカの博物館に散らばっているアルランツァの絵画(英語版)は、もともとサン・ペドロ・デ・アランサ修道院(英語版)を飾っていたもので、ロマネスク様式の宮殿装飾の中で最も優れた現存品の一つである巨大で大胆な神話上の獣が描かれている。現代のチャプターハウスは、単に一般的な役員室や会議室である(またはそれらを利用する)ことがある。独立した建物である場合、通常、単一の主室のみで構成されている。

歴史・用法

修道士の共同体は、修道院長とともにチャプターハウスに集まり、「チャプター(英語版)を開く(英: hold chapter)」ということをしていた。それは『殉教者伝(英語版)(英: Martyrology)』や「死者名簿(英: Necrology)」の朗読、過ちの悔い改め、その日の任務の割り振り、上長による訓戒のためであり、さらに夕方の『コラティオ』(祈りの集い)または『コンプリン』(就寝前の祈り)前の読経」を行うための集会を意味ためでもあった。最初の集会は、朝の第一時課(英語版)または第三時課(英語版)の教会の礼拝の後に行われた。修道士たちは、役職者を除いて、厳密な年齢順に壁に沿って座ることがあった。

カロリング朝時代のザンクト・ガレンの平面図(英語版)(c. 820)は、9世紀の理想的な修道院の設計図で、多種多様な建物や部屋があるが、チャプターハウスの機能に割り当てられる部屋は実質的にない。聖ベネディクトもそのような部屋に言及していない。しかし、816年のアーヘン公会議(英語版)の議事録には、チャプターハウスの言及が見られる。初期の修道院では、教会や回廊がすべての集会に使われていたか、通常は食堂(英語版)があったのかもしれない。しかし、少なくとも1000年頃までには、そのような部屋が大規模な修道院施設で一般的になっていた。チャプターハウスがよく位置していた回廊の東側は、通常、最初に建設される部分であり、教会の壁が建てられた直後に着工されたとされている。

実例

Chapter House of Bornem Abbey, with the Throne of the Abbot.
The Chapterhouse at Southwell Minster, Nottinghamshire

以下は建築・芸術の観点からみた重要なチャプターハウスの例である。

画像

脚注

外部リンク

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