テュデナム
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競走馬時代
現役時代はイギリスで走っていたが、2歳時以降は顕著な成績を残せなかった早熟馬であった。1974年に現役を引退。
種牡馬時代
詳しい輸入時期などは不明ながら、アローエクスプレスなどの馬主でサンシャイン牧場を経営していた伊達秀和によって日本に持ち込まれ[2]、1976年より日本で種付けを行った。初年度の産駒は8頭が勝ち上がり、その後も着々と種付け数を伸ばし、1985年には59頭に種付けを行った。しかし、1990年に急激に受胎率が低下、42頭に種付けを行ったものの5頭しか受胎せず、翌年には7頭に種付け数が激減。そのいずれも受胎することはなく、この年の9月に用途変更[3]、種牡馬を引退となった。これ以降の消息は伝わっていない。
直仔は重賞こそ制したものの、GI級競走を勝利することはできなかった一方、1979年の産駒で1982年のセントライト記念などを制し種牡馬入りしたホスピタリテイは、その産駒に1989年の皐月賞馬ドクタースパートを出し[注 1]、直系からGI勝ち馬を出すことが出来たほか、ブルードメアサイアーとしても1998年の天皇賞・秋を制したオフサイドトラップを出した。また、1980年産で、1984年の中山記念などを制したテュデナムキングも、産駒に1995年の京王杯オータムハンデキャップを制したドージマムテキがいる。現在、そのサイアーラインは途絶えてしまっているものの、ホスピタリテイの血を持つ牝系は続いており、2021年のジャパンダートダービーを制したキャッスルトップなどの血統表においてテュデナムの名前を見ることが出来る。
年度別競走成績
- 1972年
- ミドルパークステークス 1着
- ミルリーフステークス 2着
主な産駒
太字は勝利したGI級競走、斜字は地方重賞。
- 1979年産
- 1980年産
- テュデナムキング(中山記念、ダービー卿チャレンジトロフィー、有馬記念2着、天皇賞・秋2着)
- 1981年産
- 1985年産
- 1987年産
- ホクトフローラ(東京3歳優駿牝馬)
- 1989年産
ブルードメアサイアーとしての主な産駒
- 1985年産
- Pony Dancer/ポニーダンサー(イグナシオ&イグナシオFコレアス大賞 など重賞5勝、アルゼンチン調教馬)
- 1988年産
- ホンスキー(東北ダービー)
- 1995年産
- メイショウヒダカ(北斗盃、北海道スプリントカップ2着)
- 2003年産
- アタゴハヤブサ(ハイセイコー記念)