デュエム-クワイン・テーゼ
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デュエム=クワインのテーゼ (Duhem-Quine thesis) は、ピエール・デュエムとウィラード・ヴァン・オーマン・クワインによって指摘された科学哲学における決定不全性に関する命題。アドルフ・グリュンバウムが命名した。ただし、ふたりの主張するテーゼの内容には差があり、デュエムのテーゼとクワインのテーゼを区別する研究者、論者もいる。
ピエール・デュエムは物理学理論について研究する中で、物理学的観察には実験装置についての理論などさまざまな補助仮説が必要であるため、物理学理論のみから何らかの観察予測が導き出されることはなく、したがってそうした理論が文字通りに反証されることはないことに気づいた。一見反証されたように見える仮説も、補助仮説のアド・ホックな修正で救うことができる。そうした反証が存在しないというのがデュエムのテーゼである。
デュエムはこれを物理学に特有の問題であると考えていた。また、論理的には反証が成り立たなくとも、物理学者としてのセンスがあれば、ある観察が理論を反証するような性質のものか、それとも実験装置などの不備に帰することができるものかということは分かると考えていた。これを「決定実験の不可能性」と言う。
クワインのテーゼ(いわゆるデュエム-クワイン・テーゼ)
クワインはデュエムのテーゼを大幅に拡張した。彼は論文「経験主義の2つのドグマ」の中で、信念の検証に関する全体論を主張する。それによると、われわれの信念の体系は全体としてひとつの網の目をなしていて、けっして個別に外部からの刺激(観察)と相対するということがなく、常に網の目全体として観察と向き合う。網の目から導かれる予測と観察が矛盾しても、網の目のどこかを修正すれば矛盾は解消でき、どれか特定の信念が反証されるということはない。逆に、経験による改訂の可能性を原理的に逃れている信念というものもなく、場合によっては論理学の公理なども改訂されうる。こうした全体論の帰結として、対立する2つの理論があるとき、経験によってそのどちらかが否定されるということはなく、どんな経験に対してもどんな信念でも保持しつづけることができる。これがクワインのテーゼである。
デュエムと違い、クワインはこれが物理学だけではなくすべての信念をおおう非常にグローバルなものだと考えており、しかも科学理論のよしあしについての相対主義を含意するものだと考えていたようである。