トンカラリン

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座標 北緯32度58分06秒 東経130度36分12秒 / 北緯32.96825度 東経130.60344度 / 32.96825; 130.60344座標: 北緯32度58分06秒 東経130度36分12秒 / 北緯32.96825度 東経130.60344度 / 32.96825; 130.60344
種類 隧道型遺構
時代 不詳
トンカラリン
「7段の階段」開口部
所在地 日本の旗 日本
熊本県玉名郡和水町瀬川
座標 北緯32度58分06秒 東経130度36分12秒 / 北緯32.96825度 東経130.60344度 / 32.96825; 130.60344座標: 北緯32度58分06秒 東経130度36分12秒 / 北緯32.96825度 東経130.60344度 / 32.96825; 130.60344
種類 隧道型遺構
歴史
時代 不詳
指定日2008年2月8日

トンカラリンは、熊本県玉名郡和水町瀬川[1]にある隧道遺構。熊本県指定史跡に指定されている。

清原せいばる台地と鶯原うぐいすばる台地の間に位置しており[1]、全長は464.6メートル[2]、自然の地隙に石で蓋をした箇所や布積みの石組隧道で構成されてた遺構である[3][4]。構造や大きさの異なった五つの隧道が連なり遺構を形成している[2]

「トンカラリン」という名称は、穴の中に石が落ちるときの「とんからりん」という音が聞こえることから名付けられたといわれている[2]

建造目的

トンカラリンに関しては民間伝承も伝わっておらず[2]、どのような目的で作られたのかについては排水路、古代人の信仰遺跡、道教由来、古代朝鮮由来など諸説あるが、未だに定説はない。

地元では『権現さんの穴』と呼ばれており[5]、コウモリを採る穴として知られていたが[2]、1974年夏頃からトンカラリンの存在が広く知られる[6]ようになった。1974年に熊本県教育委員会が現地調査[6]を行い、1978年3月に「近世の排水路」との調査報告書を一旦は発表したが、用水路説と信仰遺跡説も検討すべきであると将来の検討にゆだねられた[7][8]

2001年に同教委と当時の菊水町教育委員会が再調査し、排水路として利用していたというには排水路として不都合な点が多く確認され、現在は再び「謎の遺跡」とされている。ただし、近世以降の遺構であることは確かである。この調査では第2のトンカラリンが2001年に発見され[9]、さらに第3、第4のトンカラリンが埋蔵されている可能性も指摘されている。

作家松本清張は、1975年5月にトンカラリンを訪れ[10][11]、『魏志倭人伝』の一節からトンカラリンが邪馬台国卑弥呼鬼道であるとの説を唱えて、トンカラリンの存在が広く知られるきっかけを作った[12][13]

トンカラリンシンポジウム

2001年10月29日に、菊水町(現:和水町)で開催された熊本県県民文化祭において、トンカラリンシンポジウムが開かれ、当時の研究成果が総括された[14]筑波大学名誉教授の井上辰夫、熊本県文化財保護審議会委員の古閑三博のほか、飯田精也、大田幸博、井上智重、出宮徳尚が出席した。

井上辰夫は「穴に潜って出ることは俗から聖、死から生への転換で、トンカラリンはこの秘儀と結びついているだろう」と述べた。古閑、飯田は「地裂は地震でなく、雨でも起こる」と述べ排水路説を否定、大田も「地裂を重要視、出土遺物を検討しその使用は江戸時代の初期を下限とする」と述べた。上限は中世とした。

広島のトンカラリン

東広島のトンカラリン

広島県東広島市安芸津町三津信僧にも同名の隧道型遺構が存在する。これは、熊本のトンカラリンにちなんで名付けられたものである。

交通アクセス

脚注

参考文献

関連項目

脚注

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