ドルトムント市電N8C形電車
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| ドルトムント市電N8C形電車 | |
|---|---|
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登場時の塗装(108) | |
| 基本情報 | |
| 製造所 | デュワグ、BBC(電気機器) |
| 製造年 | 1978年 - 1982年 |
| 製造数 | 54両(101 - 154) |
| 改造所 | モダトランス |
| 運用開始 | 1979年 |
| 運用終了 | 2011年(ドルトムント市電) |
| 消滅 | 7両(解体) |
| 投入先 |
ドルトムント市電 グダニスク市電(譲渡先) |
| 主要諸元 | |
| 編成 | 3車体連接車、両運転台 |
| 軸配置 | B′2′2′B′ |
| 軌間 | 1,435 mm |
| 電気方式 |
直流600 V (架空電車線方式) 直流750 V (架空電車線方式/ディーゼル発電機給電)※事業用車両902 |
| 最高速度 | 70 km/h |
| 車両定員 | 140人(着席54人) |
| 車両重量 | 34.5 t |
| 全長 | 26,640 mm(連結器含) |
| 車体幅 | 2,300 mm |
| 床面高さ | 880 mm |
| 車輪径 | 680 mm |
| 主電動機 |
直流電動機 BBC製 BGk 75-37,5 ff |
| 主電動機出力 | 185 kW |
| 搭載数 | 2 |
| 駆動方式 | タンデム駆動方式(縦置きモノモーターを2基の角度歯車装置を介して台車2軸に結合し、くさびパケット式弾性継手で弾性支持する駆動方式) |
| 歯車比 | 5.667:1 |
| 出力 | 370 kW |
| 制御方式 | 電機子チョッパ制御方式 |
| 制動装置 | 回生ブレーキ、電気指令式油圧ブレーキ、電磁吸着ブレーキ |
| 保安装置 |
Siemens式磁気列車停止装置(1983年 - 1994年) Siemens ZUB 122c(1992年以降) Siemens ZUB 222c(2006年以降) |
| 備考 | 主要数値は[1][2][3][4][5]に基づく。 |
ドルトムント市電N8C形電車(ドルトムントしでんエヌはちシーがたでんしゃ)は、かつてドイツの路面電車であるドルトムント市電(ドルトムント)で使用されていた路面電車車両。路面電車のシュタットバーン化計画の一環として導入が行われ、1979年から2011年まで使用された。その後は大半の車両がポーランドのグダニスク市電(グダニスク)へ譲渡されている[1][2][3]。
ドイツの都市・ドルトムント市内を走る路面電車のドルトムント市電では、1959年の登場以来両運転台の3車体連接車であるGT8形の増備が進み、長年にわたり主力車両として使用されていた。一方、ドルトムントでは1970年代以降、市内中心部を地下トンネルで経由する、路面電車を高規格化したシュタットバーンの計画が進み、それに関連してトンネル区間の走行に適合した車両が求められるようになった。GT8形を改造するという手段もあったものの、デッドマン装置の搭載、前照灯の増設といった各種工事が必要となる事に加え、戦前製の2軸車を改造した連接車のGT4形を含め既存の車両の一部の老朽化が進んでいた事から、路面電車を運営していたドルトムント運輸事業(Dortmunder Stadtwerke)は新型電車を導入する事を決定した。これがN8C形である[1][4][6]。
N8C形は、当時西ドイツ各地で導入が進んでいたシュタットバーン向けとして開発された車両の1つで、標準軌(軌間1,435 mm)に適した両運転台式の3車体連接車であり、制御方式として電機子チョッパ制御方式が用いられていた。ただしGT8形を始めとする従来の車両と異なり、曲線走行時に車端が線路から大きくはみ出る車体構造となっていたため、導入当初走行が禁止されていた区間が幾つか存在した[1][4]。
運用
最初の車両となる101がドルトムントに到着したのは1978年10月で、試運転を経て1979年1月8日に当時の5号線で営業運転を開始した。その後、101を含めた1次車20両(101 - 120)の導入が完了した事でGT4形が営業運転から撤退し、同時にドルトムント市電から車掌業務が廃止された[1]。
続けて1980年には2次車となる23両(121 - 143)が納入された。これらの車両は尾灯(ブレーキランプ)の配置や大きさ、車内の装飾や連接部分の通路の形状など1次車から一部の設計変更が行われた。更にシュタットバーンの開通に向けて1982年にも3次車・11両(144 - 154)の増備が実施されたが、これらの車両は1次車・2次車と異なりパンタグラフが従来の2基から1基に減らされた。これはポイントの操作が従来の架線にパンタグラフが接触する事で通過を検知するトロリーコンタクターから線路上の信号受信器による操作に切り替えられたためであり、後年にGT8を含む既存の車両も同様にパンタグラフの撤去が行われた[注釈 1][注釈 2]。これらの車両の導入に伴い、初期車を中心としたGT8形の置き換えが実施された[1]。
その後、1983年5月27日にドルトムント市電改め「ドルトムント・シュタットバーン」における初の地下区間が開通し、N8C形もその区間を経由する系統に投入された。以降、地下区間の延伸に合わせてN8C形の走行区間も拡大したが、1987年以降、本格的なシュタットバーン向け車両のB形(B80C形→B6形)の導入の実施や地下区間のプラットホームの高床化に伴い運用から撤退する系統も現れた。ただし完全に撤退する事は無く、車幅2,650 mmのB形に適さない系統については引き続きN8C形が使用された[1]。
その中で、1988年5月30日にはウェスターフィールド(Westerfilde) - ボーデルシュヴィンガー通り(Bodelschwingher Straße)間でN8Cを用いた列車同士の衝突事故が発生し、多数の負傷者が確認される事態となった。衝突した車両も大きな損傷を受け、トップナンバーの101が解体された一方、142については前後車体を用い1996年に2車体連接・6軸の事業用車両(902)へ改造が実施され、軸数上はN8CではなくN6Cに相当する車両となった。さらに、停電時にも運用できるよう船舶用ディーゼル機関と発電機が搭載されたほか、ローレンや付随車の制御に対応する大容量の圧縮空気設備、架線状態の確認を目的とした投光器・カメラ付きの屋根上監視台(カンツェル)も設置された。902は2025年時点でも引き続き使用されている[1]。
2003年から2006年にかけて、102 - 106は部品取り車として解体・撤去が行われた後、廃車(解体)となった。また、130は2006年、回送中にばね式駐車ブレーキの固着が原因で火災を起こし、同様に廃車(解体)された。
解体された車両を除いた46両については引き続き使用されたが、2007年以降超低床電車のフレキシティ・クラシックが導入された事や走行可能な区間の縮小が進んだ事で廃車が行われ、2011年12月22日までに営業運転から撤退した[1][3]。
譲渡

ドルトムント・シュタットバーンから引退したN8C形のうち46両については、ポーランド・グダニスクの路面電車であるグダニスク市電への譲渡が実施された。2007年から使用が開始されたが、その後、中間車体のバリアフリーに適した低床車体への交換およびそれに伴う乗降扉の増設、前面形状の変更および空調装置の設置といった大規模な更新がモダトランスによって実施されており、工事を終えた車両は2009年から2012年にかけて順次営業運転に投入されている。更に2018年からは照明のLEDライト化、主電動機の交換、車内のUSB充電用ポートの設置などの再度の更新工事が進められている[1][2][3][7][8][9][10][11][12][13]。
