ドン・キホーテ放火事件
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| ドン・キホーテ放火事件 | |
|---|---|
| 場所 |
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| 標的 | |
| 日付 | 2004年(平成16年)12月13日 - 12月15日[1] (UTC+9) |
| 概要 | 女Wがさいたま市内のサティやドン・キホーテなどの商業施設やディスカウントストアに相次いで放火し、商品などを焼損した他、ドン・キホーテ浦和花月店では3人を死亡させ、8人を負傷させた[3]。その他、一連の放火における騒ぎに乗じて店内の商品を盗んだ[4]。 |
| 攻撃手段 | 灯油を可燃物に染み込ませて放火・ガソリンを撒いて放火[5] |
| 攻撃側人数 | 1人[1] |
| 武器 | 灯油・ガソリン[5] |
| 死亡者 | 3人[1] |
| 負傷者 | 8人[3] |
| 損害 | |
| 犯人 | 無職の女W(逮捕当時47歳) |
| 容疑 | 現住建造物等放火・現住建造物等放火未遂・窃盗・建造物侵入・建造物損壊[1] |
| 動機 | 好きな男性に会えない鬱憤を晴らすため[1] |
| 対処 | Wを埼玉県警察と大宮警察署が逮捕・さいたま地方検察庁が起訴[8][9][4] |
| 謝罪 | なし(犯人性を否認)[1] |
| 刑事訴訟 | 無期懲役(第一審判決・最高裁の上告棄却決定により確定[1][10]) |
| 影響 | |
| 管轄 | |
ドン・キホーテ放火事件(ドン・キホーテほうかじけん)は、2004年(平成16年)12月13日と12月15日にディスカウントストア、ドン・キホーテの埼玉県さいたま市内の店舗で相次いで発生した、一連の放火事件(2店舗で3回)[2]。
特に浦和花月店では、店員3人が焼死、8名が負傷する惨事となり、マスコミ報道では、特に同店の放火火災について取り上げられた[2][1]。なお、被疑者の逮捕後に、「同市内のサティとイトーヨーカドーへの放火(合計4件)も同一犯である」と判明した[18][1]。
報道ではドン・キホーテ放火事件[19][20]、ドン・キホーテ連続放火[21][22]、ドン・キホーテ放火[5][23]、ドンキ連続放火[1]、ドンキ放火[24]、ドンキ放火事件[25]などと呼称される場合がある。
浦和花月店(12月13日)
本項で扱う一連の事件は、以下の通り。ドン・キホーテの店舗については、それぞれの節を参照。日付を省略しているものは、直上の日付と同一。なお、事件の関連性については、逮捕後に判明。
- 2004年(平成16年)12月13日18時50分頃、さいたま市浦和区のGMS北浦和サティ(現:イオン北浦和店)での放火。トイレでトイレットペーパーに放火し、小火が発生[6]。
- 19時20分頃、上記店舗のトイレで2回目の放火(小火)[6]。
- 20時50分頃、ドン・キホーテ浦和花月店の寝具売場で放火。店舗は全焼し、アルバイト店員3名が焼死、8名が負傷。#浦和花月店(12月13日)を参照。
- 23時頃、見沼区のドン・キホーテ大宮大和田店で衣料品に放火(小火)。#大宮大和田店(12月13日)を参照。
- 12月15日15時頃、ドン・キホーテ大宮大和田店で、同一犯が再び放火。店員の制止を振り切り逃走、重要参考人・被疑者として浮上し、22時過ぎに逮捕された。#大宮大和田店(12月15日)、#被疑者の逮捕を参照。
- 17時45分頃、さいたま市大宮区のイトーヨーカドー大宮店(現:コクーン3)のトイレでの放火(小火)[26]。
- 18時50分頃に、北浦和サティにて、13日と同様の放火[26]。

2004年(平成16年)12月13日20時50分頃、さいたま市緑区の「ドン・キホーテ浦和花月店」の寝具売場で放火が発生[27]。犯人は着火を確認後、ただちに逃走したとされる。着火地点が入口から遠ざかった場所であり、避難経路の策定など防火体制の不備や、ドン・キホーテの特徴である「圧縮陳列」での商品への燃え移り(延焼)が災いし、店舗は全焼[28][27]。一度は店内から脱出したものの、「来店客が逃げ遅れていないか」の確認のため、再突入を行った3人のアルバイト店員が、店内から再脱出できず焼死[29][30]。3人とも同じ場所で炭化した状態で発見された。ドン・キホーテの社長は被害者の立場ではあったものの、「なぜ店員に再突入を行わせて、被害を拡大させたのか」、「圧縮陳列に問題は無かったのか」等の経営責任や、同店の営業再開に含みを持たせた曖昧な対応について、マスコミ各社から追及を受けることとなった(詳細はドン・キホーテ (企業)を参照)[31][32]。 なお、同店は、国道463号(本線)と埼玉県道1号さいたま川口線(支線)が交差する花月交差点の傍にあった(2件目の大宮大和田店との経路に関係している)。
大宮大和田店(12月13日)
同日23時頃、見沼区の「ドン・キホーテ大宮大和田店」で衣料品に放火が発生。店員の発見が早期であったため小火に留まったが、犯人は逃走[27]。
なお、浦和花月店からは、縦貫する埼玉県道1号支線を経て、埼玉県道1号本線である第二産業道路区間を北上し、大和田交差点で左折した埼玉県道2号さいたま春日部線(旧国道16号)沿い、距離にして約10キロメートル以内に位置する。
大宮大和田店(12月15日)
12月15日15時頃、ドン・キホーテ大宮大和田店(前回の事件を受け、警備体制を強化していた)で、同一犯が再び放火[33]。40歳代の女が避難騒動に乗じて買い物かご単体(800円相当)を店外に持ち出し、店員の制止を振り切りマイカーで逃走、自宅に持ち帰った。この女が放火の重要参考人・被疑者として浮上し、同日22時過ぎに逮捕された[34]。
被疑者の逮捕
12月15日15時頃に再び放火した際、「ドン・キホーテ大宮大和田店から、買い物かご単体(800円相当)を自宅に持ち帰った」として、埼玉県警察は窃盗容疑で、40歳代の元看護師で無職の女であるN・Wを放火事件の重要参考人とした。捜査員がさいたま市中央区の自宅駐車場で発見するが、Wは一時、車内に立て籠もった。同日22時過ぎに、埼玉県警はWを窃盗容疑で逮捕した[35]。なお、Wは逮捕直後、窃盗・放火いずれの容疑も否認していた(別件逮捕)[35]。
捜査の過程で、ドン・キホーテの放火では、ガソリンスタンドで購入した灯油を、店内の売り物である織物(寝具・衣料品)に染みこませて着火していたことが明らかになった[36]。
Wは、放火前の11月18日にも同店で金槌を用いてショーケースを破壊してボストンバッグなどを盗んだ容疑で逮捕歴があった[35][1]。しかし、精神疾患での通院歴があり、簡易精神鑑定で心神衰弱による責任能力無しと判断され起訴猶予処分となり12月8日に釈放されていた[35]。
警察の取調べでは、Wは放火容疑について否認を続けたが[37][38]、2005年4月23日に7件の放火容疑を認め、現住建造物等放火、現住建造物等放火未遂などの容疑で再逮捕された[39]。しかし、同月25日に一転して容疑を否認し、「裁判においても否認する」と、接見した弁護士に話したとされる[40]。
5月13日、さいたま地方検察庁はWを浦和花月店での放火事件に対する現住建造物等放火などの罪で追起訴した[41]。なお、殺人罪での起訴について、さいたま地検は「現時点では、殺意があったと認めるに足りる証拠がなく、殺人罪での立件は困難だ」と述べ、殺人罪での起訴が困難であることを示唆した[41]。
刑事裁判
第一審・さいたま地裁
2005年(平成17年)3月28日、さいたま地裁(福崎伸一郎裁判長)で一連の放火事件のうち、大宮大和田店での放火事件と窃盗事件[注 1]に対する初公判が開かれ、罪状認否で被告人Wは「火事に驚いて逃げるのに夢中だった。ものを盗むつもりはなかった。店に火を付けていない」などと述べて起訴事実を全面的に否認した[42]。なお、この公判では検察官は「準備が整っていない」として冒頭陳述を見送っている[42]。
2005年(平成17年)4月28日、さいたま地裁(福崎伸一郎裁判長)で一連の放火事件のうち、北浦和サティでの2件の放火未遂事件[注 2]に対する罪状認否が行われ、Wは認否を留保した[注 3][43]。
2005年(平成17年)7月25日、さいたま地裁(福崎伸一郎裁判長)で一連の放火事件のうち、浦和花月店などの放火事件全7件に対する罪状認否が行われ、Wは「火を付けたことはありません」と起訴内容を全面的に否認、無罪を主張した[44][45][46]。冒頭陳述で検察官は、犯行動機について「交際していた男性に避けられ、うっぷんがたまっていた。火事で万引もできると思った」と述べた[46][45]。一方、弁護人は「いずれも犯行と因果関係があると思わない」として起訴事実について全面的に争う姿勢を見せた[44][45]。同日の公判で検察官は、裁判員制度の導入を見据え、大型スクリーンを使用してWの事件当日の行動を分単位で投影しながらこれまで見送っていた放火事件全7件について冒頭陳述を行った[注 4][44][45]。
2006年(平成18年)3月3日、初の被告人質問が行われ、Wは起訴された7件の放火事件についていずれも「火をつけていない」と改めて起訴事実を否認した[47]。
2006年(平成18年)3月22日、前回公判に引き続き被告人質問が行われ、Wは、2004年12月13日に浦和花月店を訪れたことを認めた[48]。
2006年(平成18年)6月7日、さいたま地裁は弁護人が請求した精神鑑定を実施することを決定した[49]。
2006年(平成18年)12月15日、さいたま地裁は弁護人が請求した精神鑑定について「認知機能の低下はあったが、著しく損なわれていたとは判断できない。責任能力を否定するほどではない」とした精神鑑定書を証拠採用した[50]。
2007年(平成19年)1月19日、論告求刑公判が開かれ、検察官は「好きな男性に会えないうっぷんを晴らし、騒ぎに乗じて商品を窃取したいとも考えて短期間に七件の放火を行った。灯油を染みこませたティッシュを持っていくなど計画性も認められる。事件前に投与されていた抗うつ剤の影響はなかった。3人が死亡したことを知りながらさらに犯行に及んでおり、極めて悪質」としてWに無期懲役を求刑した[51][52]。
論告で検察官は「W被告が立ち寄った先でことごとく放火事件が発生しており、目撃証言や防犯ビデオからW被告の犯行と認められる」としてWの犯人性が認められると主張した[51]。この日は浦和花月店の放火事件で亡くなった従業員の遺族4人の意見陳述も併せて行われ、いずれの遺族もWに対して極刑を求めた[51]。
2007年(平成19年)2月22日、最終弁論が開かれ、弁護人は捜査段階でのWの自白について「犯人しか知り得ない事実は調書に登場しない」とした上で「合理時な疑いを超えて立証されていない」と述べて改めて無罪を主張した[53]。最終意見陳述でWは「私は人を殺すようなことはしていません。それだけは分かってください」と述べて結審した[53]。
2007年(平成19年)3月23日、さいたま地裁(飯田喜信裁判長)で判決公判が開かれ、裁判長は「元交際相手に会えない苛立ちを晴らそうとした身勝手極まりない犯行」としてWに検察官の求刑通り無期懲役の判決を言い渡した[注 5][1][54]。
判決では、捜査段階でのWの自白について「自分が放火したことを前提に、話をしていたと考えるのが自然」として信用性は高いと判断した[1][54]。その上で防犯カメラの映像やWと似た女を目撃したとする客の目撃証言などを踏まえた上で「被告人が犯人であることを合理的に推認させる」として放火事件7件について全て有罪とした[1][54]。また、事件当時のWの刑事責任能力については「被告の思考・行動には合理性があり、刑事責任も理解できる」として完全責任能力を認めた[1][54]。一方、浦和花月店の陳列方法については「圧縮陳列、熱帯雨林と呼ばれ、一度火が放たれれば、早期に拡大する恐れがある特殊なものだった」と指摘した上で「被告の責任を軽減するものではない」とした[1][54]。
以上の内容を踏まえた上で量刑について「懸命に消火活動や避難誘導に当たった末、逃げ遅れ、燃えさかる炎の中、命を落とした。その最期はあまりに惨く、残酷だ」などとして無期懲役が相当と結論付けた[1][54]。判決言い渡し後、裁判長は「今後の人生の中で、亡くなった3人に思いを致し、心から反省することを祈っています」と説諭した[54]。弁護人は判決を不服として即日控訴した[注 6][55]。
控訴審・東京高裁
2008年(平成20年)2月21日、東京高裁(永井敏雄裁判長)で控訴審初公判が開かれ、弁護人は「被告は犯行当時、ピック病だった可能性が高く、心神耗弱すら認めなかった一審判決は事実認定に誤りがある」としてWの刑事責任能力について争う姿勢を見せた[注 7][56]。
2008年(平成20年)5月15日、東京高裁(永井敏雄裁判長)は「善悪を判断して行動する能力が著しく障害されていた疑いはない」として一審に続きWの完全責任能力を認定した上で「交際相手の男性と会えないうっぷんを晴らすための犯行で、動機に酌むべきものはない」として一審・さいたま地裁の無期懲役の判決を支持、弁護人の控訴を棄却した[57][58]。判決言い渡し後、Wは裁判長に対して「すみません。やってないんですけど」と言い放って退廷した[58]。弁護人は判決を不服として上告した[59]。
上告審・最高裁第二小法廷
2008年(平成20年)11月17日、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は弁護人の上告を棄却する決定を出したため、Wに対する無期懲役の判決が確定した[60][61]。弁護人は「認知症の可能性が高く、責任能力は否定される」と主張したが、最高裁第二小法廷は「上告理由に当たらない」として退けた[61]。
民事裁判
模倣犯
詐欺事件
2009年1月から翌2010年10月にかけて、この事件の被害者遺族に対する対応費用と偽り部下に架空のコンサルタント料名目の仮払い申請書を作成させるなどの行為を経て会社から3100万円を詐取し詐欺罪に問われた当時50歳の元ドン・キホーテ常務の男が逮捕されており、2011年10月31日に東京地裁により懲役3年6か月の実刑判決を言い渡された[69]。