ドン・ミューラー
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
1953年当時のミューラー | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | ミズーリ州セントルイス |
| 生年月日 | 1927年4月14日 |
| 没年月日 | 2011年12月28日(84歳没) |
| 身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 185 lb =約83.9 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1944年 |
| 初出場 | 1948年8月2日 セントルイス・カージナルス戦 |
| 最終出場 | 1959年5月2日 ボストン・レッドソックス戦 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
ドナルド・フレデリック・ミューラー(Donald Frederick Mueller、1927年4月14日 - 2011年12月28日)は、アメリカ合衆国・ミズーリ州セントルイス出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。
父親は1920年代にピッツバーグ・パイレーツで外野手としてプレーしたウォルター・ミューラー。
1944年、高校卒業後ニューヨーク・ジャイアンツと契約。1948年にメジャー昇格を果たした。この年は36試合の出場にとどまったが打率.358と将来性を感じさせた。1951年から右翼の定位置を確保、1954年にはリーグ最多の212安打、リーグ2位の打率.342を記録、同年7月11日のピッツバーグ・パイレーツ戦ではサイクルヒットを記録した。しかしこの年をピークに成績は下降の一歩を辿り、1958年にシカゴ・ホワイトソックスへ移籍。しかし、ここでも往年の力は無く、1959年のシーズン途中で引退した。
2011年12月28日にミズーリ州チェスターフィールドで没した。