ネルソン・ペレス

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生年月日 (1987-11-16) 1987年11月16日(38歳)
身長
体重
191 cm
113 kg
ネルソン・ペレス
Nelson Perez
阪神タイガース時代
(2015年7月10日、阪神鳴尾浜球場にて)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 ドゥアルテ州サン・フランシスコ・デ・マコリス
生年月日 (1987-11-16) 1987年11月16日(38歳)
身長
体重
191 cm
113 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 右翼手
プロ入り 2006年 アマチュアFA
初出場 NPB / 2015年9月28日
最終出場 NPB / 2015年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ネルソン・アントニオ・ペレスNelson Antonio Perez, 1987年11月16日 - )は、ドミニカ共和国ドゥアルテ州サン・フランシスコ・デ・マコリス出身の元プロ野球選手外野手)。右投左打。

来日前

2007年シカゴ・カブスと契約した後に、ルーキーリーグのアリゾナリーグ・カブスでプレー[1]

2011年にはAA級のテネシー・スモーキーズまで昇格し、88試合に出場して8本塁打・32打点の成績を残した[1]。また、投手としても1試合にリリーフで登板したが、1/3回を1失点で敗戦投手になった[2]

2013年2014年にはメキシカンリーグでプレー[1]。2年通算で18本塁打を放った[3]

独立リーグ・石川時代

2015年3月11日に、ベースボール・チャレンジ・リーグ石川ミリオンスターズに入団[4]。リーグ戦の開幕から、30試合の出場で打率.324、 24打点、7本塁打を記録した。5月には、打率.371、3本塁打、14打点という活躍で、野手部門の月間MVPを受賞している[5]

在籍期間中には、マット・マートンマウロ・ゴメスの両外国人野手が打撃不振に見舞われていた[2]阪神から、当時のゼネラルマネジャー (GM) 中村勝広などがペレスの視察に訪れていた[6]。ペレス自身も、NPBの球団へ移籍することを目標に挙げていた[5]

阪神時代

2015年6月17日に阪神と契約した。背番号は95[7][8]

2015年には、入団後の約3か月間に、ウエスタン・リーグ公式戦でチーム最多の14本塁打を記録した。ペレスの獲得直後にゴメスとマートンの両野手が揃って復調したことや、主力投手のランディ・メッセンジャー呉昇桓が一軍でプレーを続けていたことから、外国人枠との兼ね合いで9月中旬までは二軍でプレー。打線全体の不振で一軍がセントラル・リーグの優勝争いから後退[9]したことや、呉が右足内転筋の張りを訴えて9月27日に登録を抹消されたことを受けて、翌28日に一軍昇格し、同日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(阪神甲子園球場)で6番・右翼手として一軍デビューした。なお、阪神はこの試合で、ペレス・ゴメス・マートンをスタメンに起用。NPBで同一球団の外国人野手3名による公式戦への同時出場が可能になった2002年以降、阪神では初めての事例であった[10]。ペレス自身は、この試合を含めて、一軍公式戦3試合に出場。いずれもスタメンに起用されたが、通算10打席で9打数無安打[11]で、レギュラーシーズン最終戦前日の10月3日に登録を抹消された[12]。一軍がシーズン3位で迎えたポストシーズンでは、巨人とのクライマックスシリーズ ファーストステージに出場しない一方で、翌2016年の残留を目標に若手選手主体のフェニックスリーグへ参加[11]。12月5日には、1年契約で残留することが球団から発表された[13]

2016年には、自身を含めて6人の外国人選手が在籍するチーム状況の下で、春季キャンプの序盤(2月2日)から一軍に合流[14]。ウエスタン・リーグ公式戦では、69試合の出場で、打率.313、10本塁打、36打点という好成績を残したが、一軍公式戦への出場機会がないまま、シーズン終盤の9月29日にドミニカへ帰国[15]。シーズン終了後の11月15日には、翌2017年の契約を結ばないことが球団から発表された[16]。12月2日、自由契約公示された[17]。一軍公式戦での本塁打、打点ともに0だったのはだった外国人野手は、2013年のコンラッド以来2人目となる。

独立リーグ・愛媛時代

阪神退団後の2017年は、北米の独立リーグに所属した[18]

2018年2月2日、四国アイランドリーグplus愛媛マンダリンパイレーツに入団することが発表された[19]。2018年シーズンは10本塁打・44打点の成績で、最多本塁打・最多打点の2冠を獲得した[20]2019年1月28日、愛媛を退団(自由契約)したことが発表された[21]

独立リーグ・信濃時代

2019年3月18日、信濃グランセローズと契約し、4年ぶりにベースボール・チャレンジ・リーグへ復帰した[22]

正式な退団の告知はなされていないが、2020年3月現在の信濃のウェブサイトには選手として掲載されておらず[23]、2019年シーズンで退団したとみられる。

選手としての特徴

阪神入団当時のGMだった中村からは、「走攻守の三拍子揃った選手」との評価を受けていた[24]。守備では主に右翼手中堅手を務めるが、一塁手としても出場したことがある[24]。ムードメーカーでもあり、石川に所属していた時は最下位に沈んでいたチームの雰囲気を明るくしようとするなど[3]チームによく溶け込み、阪神への移籍が決まりチームメイトへ最後の挨拶をした時には涙を流した。

人物

デビッド・オルティーズと自主トレを共に行う仲である。

ドミニカ共和国の先輩であるマウロ・ゴメスを目標にしている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2015 阪神 31090000000000010030.000.100.000.100
通算:1年 31090000000000010030.000.100.000.100
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績



外野












2015 阪神 310001.000
通算 310001.000
  • 2018年度シーズン終了時

記録

NPB

独立リーグでの打撃成績











































O
P
S
2015 石川 301112436827242518000151.324.419.6221.040
2018 愛媛 64221257314010444640202014.330.433.529.962
2019 信濃 70364458818011726239102036.333.418.5270.945
BCL:2年 1003756912426218968757102187.331.418.5550.973
IL:1年 64221257314010444640202014.330.433.529.962

背番号

  • 24(2015年 - 同年途中)
  • 95(2015年途中 - 2016年)
  • 99(2018年)
  • 80(2019年)

登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

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