ノーザンディクテイター

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欧字表記 Northern Dictator[1]
性別 [1]
ノーザンディクテイター
欧字表記 Northern Dictator[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1974年1月28日[2]
死没 1997年(24歳没・旧表記)
Northern Dancer[1]
Dictates [1]
母の父 Bold Ruler[1]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 Mr.& Mrs.Richard Stokes[2]
馬主 M.Fujita[2]
調教師 ユージン・ジェイコブス英語版[2]
競走成績
生涯成績 10戦3勝[1][2]
獲得賞金 26,525ドル[2]
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ノーザンディクテイター(欧字名:Northern Dictator1974年1月28日 - 1997年)は、アメリカ合衆国で生産された競走馬種牡馬[1]

競走馬時代

1977年12月9日アケダクト競馬場でデビューするも3着に敗れる。しかし、年明け1月19日ハイアリアパーク競馬場で行われた未勝利戦で勝利した[2]。その後は全て一般競走に出走し8戦2勝、通算10戦3勝という成績しか残せず、大きなレースへの出走もないままデビューして1年もないうちに引退となった。

種牡馬時代

引退すると、年内のうちに日本に種牡馬として輸入され、静内スタリオンステーションにて供用された。初年度の1979年には56頭に種付けした。その後2年間ほど同程度の種付け数を維持していたが、1980年産のマチカネウイッピーがデビュー2連勝でフェニックス賞を制した1982年には種付け数が増加し、翌1983年には89頭に種付けを行った。そして、1984年タニノブーケがGII・デイリー杯3歳ステークスを制して初の産駒の重賞初制覇を果たした。その後もコンスタントに重賞で活躍する競走馬を輩出し、1985年産のリキアイノーザンは、阪神牝馬特別などGIII4勝を挙げ、ノーザンディクテイター産駒で最も多くの賞金を稼いだ競走馬となった。また、1986年産のスクラムトライは、1988年のGI・朝日杯3歳ステークスにてサクラホクトオーの2着に入るなどGIで好走した産駒も出すことができた。

その後、1994年から種付け数は減少し、1996年には13頭と激減した。1997年2月11日用途変更となり[3]種牡馬を引退した。

種牡馬引退後は、静内スタリオンを訪れたことがあった牛尾治子に引き取られ、「ノーザンディクテイターの会」が結成され面倒を見られることになった[4]が、年内のうちに死亡した。23歳没。新ひだか町の桜舞馬公園内に墓標がある。

没後の1999年優駿牝馬を1986年産で大井・グランドチャンピオン2000勝ち馬のウメノローザの仔であるウメノファイバーが制し、ノーザンディクテイターの血から初のGI馬が誕生した。

主な産駒

ブルードメアサイアーとしての主な産駒

この他、ノーザンディクテイターが母の母の父にあたる馬として、2010年菊花賞を制したビッグウィークがいる。ビッグウィークはタニノブーケの孫にあたる馬であり、直仔にタニノボレロ、タニノクリエイトがいるタニノブーケからは2世代で重賞勝ち馬が出ていることとなる。

血統表

脚注

外部リンク

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