ハーヴグーヴァ
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浮上した部分は島と見まごうと言われ、アイスランド付近(グリーンランド海)で見られたと記述されている。さらには伝説的サガの後期本では北アメリカの海域で見られたと、物語が膨らませられている。
古くは13世紀の中頃にノルウェーで作成されたとされる『王の鏡』に言及があり、『矢のオッドのサガ』[注 2]の後期稿本(14世紀後半)では、ハーヴグーヴァとリングバック が、いずれも島か岩礁に見える巨大な海の怪物として登場する[10]。しかし、17世紀の文献ではこの二つは、同じ巨獣の別称とされている。
自分の吐瀉物を撒き餌につかっておびきよせた大量の魚類をいっぺんに一飲みにするのだと伝える。似たような描写がラテン版動物寓意譚のアスピドケローネという巨獣について記されており、そのアイスランド語訳(「アスペド」と記述)も現存するので、これがモデルとみなされている。また、島に似た性質と、捕食習性の挿絵が別々に描かれていたことで、2種類いると勘違いされたとの考察がある。
サガの物語の設定では鯨・船・人間も餌とすると噂される怪物だが、グリーンランド海から西南のヘッルランド にむかって航行中に岩礁と間違えハーヴグーヴァの口吻のあいだを船ですり抜けたにすぎなかった。ただしリングバックに上陸した乗組員は落命している。
17世紀の博識者は、聖ブレンダヌス(アイスランドで修道したアイルランド僧)の航海譚に登場する巨魚ヤスコニウスと同一視している。
語釈
古ノルド語では hafgufa(/havguva/)として[注 3]、サガに綴りが確認される[13]。
また『スノッリのエッダ』(散文エッダ)でもクジラ目類の名を連ねたスールルのなかに含まれており[14][15]、異本《ヴォルム写本》[注 4]では hafgúa と綴る[16]。18世紀の文献では人魚を意味する単語(margúa)の同義がhafgúaだと記載する[17]。
ハーヴグーヴァを「人魚」の類と但し書きしている『王の鏡』の近年の英訳がみられるが[18][注 5]、過去の英訳ではクラーケンを同義語として充てていた[19]。
英語でシー=リーク("sea-reek"、「海の蒸気」)[注 6]という意訳名もサガ英訳で使われており[5][21]、シー=スチーマー("sea-steamer")という英名が散文エッダ英訳にみられる[22]。
王の鏡
『王の鏡』(Konungs skuggsjá)は、ノルウェーで13世紀中期に書かれた、名目上は道徳書だが[23]、じっさいにはいろいろな雑学情報がつまっている百科全書的な書物である。父王に息子が助言を仰ぐという問答形式をとっている[23][24][25][26] 。
王を語り手として、アイスランド近海(グリーンランド海)のクジラの色々な種類について細かい説明があり、[19]。最後にこれらよりもまだまだ巨大な、とても信じがたいような種類がいるのだという前置きで、ハーヴグーヴァの説明がされる。
ハーヴグーヴァは陸に近づかないので目撃されることは滅多になく、見た目はまるで島のようでその大きさは計り知れないという。それを捕まえたという話も死体が見つかったという話もなく、目撃されるのはいつも同じ2頭なのでおそらく2頭の個体しかおらず、それ以上繁殖もしていないだろうと、王は推測する[18]。またハーヴグーヴァは非常に大食いで、何かを食べたい時には大きなげっぷとともに吐瀉物を海に撒いて、入り江のような大きな口を開け放ったまま待ち伏せるという。するとハーヴグーヴァの吐き戻しを食べようと、誘き寄せられてやってきた魚たちがそのまま口の中に雪崩れ込み、それが十分に溜まると、ハーヴグーヴァは口を閉じて丸ごと捕獲する[18][注 7]。
『王の鏡』の該当箇所は17世紀のオーレ・ヴォームによってラテン語に訳され、『ウォルミウスの博物館、もしくは希少な事々の歴史』(Museum Wormianum seu Historia rerum rariorum, 1655年)に載る[27][28][注 8]。また、トルモドール・トルファソンも『Gronlandia antiqua』(1706年)にラテン語訳を載せる[注 9]。
矢のオッドのサガ
『矢のオッドのサガ』[注 10]の諸本のなかでも14世紀後期に遅く成立した写本[29]に、ハーヴグーヴァの言及がみられる[30]。
サガの物語中では、オッドの息子ヴィグニルがハーヴグーヴァについての伝承を会得していた。曰く、それは最大の海の怪物で[注 11]、鯨も船も人間も餌とし[5][31]、口吻部("口と鼻孔")を水上に浮上させたまま、潮目が変わるまでじっとしていると説明する。そして彼らの船が間を通りすぎた二つの岩礁は、じつはその怪物の鼻孔部分(嗅覚器)[32]と下顎のあいだだったのだ、と主張している[13][33][5][13][注 12]。
オッドらの一行は、 グリーンランド海から陸地に沿って南と西の方角へと、(通説ではカナダの)ヘッルランド[注 13]のスクッギというフィヨルドを目指していた。その目的地は、「房毛の」オグモンド[注 14]、別名「エイショールヴ殺しの」オグモンド[注 15]と呼ばれる仇敵の居場所であった[注 16]。
その航行中、遭遇したのが2種の海の怪物で、ハーヴグーヴァ(「海蒸気」)は、その上下の顎のあいだを(船員は岩礁の合間と見間違いながら)難なく通り過ぎただけに終わった[5]。もうひとつは リングバックすなわち「ヘザー[注 17]の[生えた]背」と呼ばれる怪物で、これも海に浮かぶ島に見えた[5]。しかしこちらの島にはオッドの命令で[注 18]5名が上陸しており、結果、リングバックが潜水したために命を落としている[37]。リングバックは、刊行されている英訳では「ヘザーバック」と意訳するが、「リング」/「ヘザー」すなわちギョリュウモドキやエリカ類の植物が背中に密生していることを指している[38]。
アスピドケローネ

『フィシオロゴス』(5世紀以前の成立とされる)に記載されるアスピドケローネという大魚[注 19])が、ハーヴグーヴァの由来ではないか、との考察がある[42]。
アスピドケローネには「あまりに巨大で島と間違えられる」「甘い芳香で魚群を誘き寄せて巨大な口でひと呑みにする」という2つの性質があり、アイスランド語版フィシオログスにおいてもアスペド(aspedo)という鯨(hvalr)として同様のことが述べられている[42][43][37][44][45][注 20]。
ハッルドール・ヘルマンソンはアスピドケローネ(アスペド)の二つの習性が二枚の絵に分けて書かれていることに着目し、そのためにハーヴグーヴァとリングバックという二つの近似種がいるという錯覚に陥り、それがサガに伝えられた、と提唱している[30][31]。デンマークの博物学者トマス・バルトリンは、『希少生物解剖誌』(和訳:Historiarum anatomicarum、第IV部。 1657年)において、これを、ハーヴグーヴァ('海の蒸気')とリングバック('エリカのごとき背')という別称を持ったひとつの生き物だとしている[2][9]。
また、バルトリンは聖ブレンダヌスら一行が島と間違えて上陸しミサを読み上げたのもこの鯨の上でだと述べる[2][46]。同時代にアイスランド人ヨウン・グズムンドソン(1658年没)も、『アイスランド博物誌』[注 21](1640-44年頃[47])にて同様の事を述べている[48][注 22][注 23]。なお、彼の伝説を記した航海譚(英:Immram『聖ブレンダヌスの航海』(9世紀以前の作とされる)では島のごとき巨大魚はヤスコニウスの名で記される[50][51][52][注 24]。
ハンス・エーイェゼは1729年の著書においてノルウェーの漁師はハーヴグーヴァとクラーケンを同一のものと考えていると記し[55]、のちにモラヴィア出身の聖職者ダーヴィット・クランツの『グリーンランド史』(Historie von Grönland、1765年)にも同一として記述される[56][57]。それがのちに通説のようになっていることについて、フィンヌル・ヨウンスソンは懐疑を示しており、クラーケンはおそらくイカの類であり、ハーヴグーヴァに遡及できまいとしている[58]。
近年のクジラの研究
2023年に発表された研究論文で、ハーヴグーヴァやアスピドケローネの特徴として語られる『自分の吐瀉物を撒き餌につかい、おびきよせた大量の魚類を一度に丸飲みする』という描写が、実際のクジラによって行われる"トラップフィーディング"と呼ばれる特殊な採餌方法を目撃し、これに着想を得た(あるいは、その様子を怪物によるものと解釈した)ものではないかと指摘された。クジラによるトラップフィーディングが動物学の世界で正式に報告されたのは2011年で、この報告に着目したオーストラリアフリンダース大学の研究者らにより、ハーヴグーヴァの伝承と、実際のクジラによって行われる採餌方法との顕著な類似点が指摘された[8][59][60]。