ケートス
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ケートス(古希: κῆτος, kētos (複数形 κήτη, kēte) )はクジラなどの「海獣」(あるいは「巨大な魚」)を意味するギリシア語だが、ギリシア神話においては本来の姿をやや離れ、一種の怪物として登場する。長母音を略してケトスとも書かれる。また、ラテン語化された「ケートゥス(cetus(複数形 cete ))」やその英語発音「セタス」の呼称で参照されることもある。ラテン語においては belua や pistrix と呼ばれることもあった[1][2]。
今日における「鯨類(Cetacean)」及び「鯨下目(Cetacea)」などの用語はこれに由来する。また、後世にはケートスに因んで「Cetus」や「megakētēs[注 2]」などの呼称が船舶の名前に用いられる事例もあった[3]。
古代ギリシア語における「海獣」「巨大な魚」としての κῆτος の意味する範囲は広く、主としてクジラを指す他に、大型のサメやエイ(特にノコギリエイ)、イルカ、マグロなどを含み、時にはアザラシやウミガメも含まれるなど、概ね「海の巨大な生き物」を曖昧に指す言葉であった[4][5]。ラテン語における cetus もほぼ同義である[6]。なお、クジラ・イルカが哺乳類であるとされたのは近世後期の1758年[7]のことであり、クジラを「巨大な魚」扱いすることは古代から中世の社会においてはごく普通のことである。
beluaは英語のBeast(獣)に当たる言葉でありおもに陸の生き物に対して使用されたが、「海の巨大な生き物」を指しても使われた表現であった[注 3]。pistrix は本来はノコギリエイを指す言葉であり、古代ギリシア語の πρίστις prístis / πίστρις pístris に由来する。
大プリニウスは、アンドロメーダを襲ったケートス(belua)であるとして、長さが40フィート(40ペデース。約12メートル)以上、背骨の太さは1キュビット(約44センチメートル)、横たわる胴はゾウよりも高さがある巨大な骨がヤッパ(現在のヤッファ)からローマへ運ばれてきたと記している[8][2][注 4]。
怪物としてのケートス
姿・図像
典型的には、長い耳と牙を持つイヌやイノシシのような頭と、ヘビのような長い体に、ライオンのような前足を持ち、尾の先は魚のように二つに割れた尾びれという姿で描かれる[1]。胴は陸の獣やクジラやイルカのように大きく膨れていることが多く、前足はアシカの足のような長い胸びれであることもある。また、前足を前に大きく投げ出して、尾を1巻きから3巻きほどカールさせた姿勢で描かれることが多い。くじら座として描かれるものも多くがこの姿である。
ケートスは紀元前650年頃以降の古代ギリシアの美術に広く見られる。古いものとしては紀元前7世紀のテラコッタの瓶(の欠片)として長い耳と鋭い牙の獣頭とひれ足を持つ像が出土しており[9]、上述の獣頭の姿は古代から存在したようであるが、古代におけるその姿には多様性が見られる。また、発見されている図像のほとんどでヘビのように長くくねった体を持っているが[1]、一般的な魚(条鰭類)の姿をした絵も見つかっている[10]。
文献記録では、フラックス(1世紀)が『アルゴナウティカ』において、その姿を、光る目、三列の歯、千巻きもねじれた体と記しており、また、小ピロストラトス(3世紀)は『エイコネス』において、鋭い目とその上に並ぶ突き出た棘、鋭い鼻先と三列の歯、くねった体の所々が島のように水面に突き出ると記す(そのように描かれた絵画を紹介する)[1]。
ケートスは口や鼻から水を吹くとされることもある。
後世の図像においては翼を持っていたり、前足だけでなく後ろ足も生えている場合がある。また、口から火炎や煙を吐く描写がされていることもある。中世にはドラゴンの姿で描かれることもあった。
古代ギリシアの伝承
出自についてはゼウスないしポセイドーンによって作られたとも、テューポーンとエキドナの間に生まれた[11]とも言われており、伝承によって物語上の描写に差異がある。

ケートスの登場する物語としてはペルセウスによるアンドロメダーの救出劇がよく知られる。舞台となるのはエチオピア(英: Aethiopia)[注 5]だが、中東のヤッパだともされる。
エチオピアの王ケーペウスの妃カッシオペイアが自らをネレイデス(海のニュンペー)達よりも美しいと吹聴したことに怒ったポセイドーンはエチオピアに洪水とケートスを差し向ける。ケートスを鎮めるため、王はアンモンの神託に従い、愛娘のアンドロメダー王女を生贄にすることを決め、アンドロメダーは鎖に繋がれて海岸の岩に縛り付けられた。そこにメドゥーサを退治後の英雄ペルセウスがペガサスに乗って通りかかる。王女に恋をしたペルセウスはケートスをメドゥーサの首で石化させて退治し、救われたアンドロメダーはペルセウスの妻となる。[注 6]
ヘーシオネーを救うためにヘーラクレースによって倒される逸話もある[12]。ヘーラクレースはペルセウスの子孫であるとされるが、この物語自体はより古いものであり、ペルセウスとアンドロメダーの説話に影響を与えた可能性が有る[1]。
アポローンとポセイドーンはラーオメドーンによるトロイアの城壁建設を手伝ったが、約束していた報酬が払われなかったためアポローンはトロイアに疫病を蔓延させ、ポセイドーンは洪水とケートスを送り込む。アポローンの勧めによりケートスを鎮めるために多くの娘が怪物に差し出された末、ラーオメドーン自身も娘ヘーシオネーを怪物のために差し出す必要に迫られる。彼女は海辺の岩に鎖で繋がれるが、ラーオメドーンはケートスを倒せる者に不死の馬を褒美として与えると約束する。ヘーラクレースがそれに挑戦し、怪物を誘い込んで、あるいはヘーシオネーの衣装を着て入れ替わることで怪物の腹の中に入り込んで、3日間中に留まり内側から攻撃してケートスを倒すが、脱出した彼の髪は消化液によって溶けていた。ラーオメドーンはヘーラクレースへの報酬も渋り、ただの馬で彼を欺くが、ヘラクレスは復讐としてラオメドンとその子供たちをヘーシオネーとポダルケースを除いて殺害する。ヘーシオネーはテラモーンに与えられ妻となる。[注 7]
概して、人間側の視点から見た英雄によって倒される怪物としての印象が強いが、どちらの説話においても神々に仕える存在として描写されており、またネーレーイスやプットなどの乗り物としての描写も古代のレリーフなどに見られる。ケートスがイーノーとメリケルテースを救う描写[注 8][13]。神々や重要人物等を助けたり、人間の魂を導くなどの伝承も残されている。
エトルリア神話におけるケートス
エトルリアに伝わったケートスは、この地における信仰において死者の魂を来世に運ぶプシュコポンポス(英語版)の役割を担ったため、骨壷や石棺に多くのケートスやイルカや海馬(ヒッポカムポス)が描かれている[14][15] 。
また、ネタンスはケートスを象徴した兜を装着する描写がされる場合がある。
ギリシア神話やその他の神話の怪物との関連性
ギリシア神話における類似例
ケートスとギリシア神話に登場する様々なヘビの怪物には、姿および神話上の立ち位置に類似性が見られ、またケートス自体がそれらの一種として扱われる場合もある[1][2][16]。ケートス退治の説話は、特に、メネストラトス及びエウリュバトスの説話に類似している[1]。なお、ギリシア神話に登場するヘビの怪物は「ドラコーン (δράκων drắkōn)」と呼び表されることがあり、これは今日で言うドラゴン(dragon)の原型に当たる言葉だが、古代ギリシア・ローマにおいてはヘビの同義語もしくはその中の一部の大型のもの、特にニシキヘビを指す言葉であった[17][18]。ケートスは「3列の歯を持つ」とされるが、これはドラコーンの特徴でもある[1]。また、ニシキヘビの仲間は実際に多重の歯列を持つ[18]。
ケートスと同じくギリシア神話に登場する海の怪物であるスキュラは、同じく「ヘビのような長い尾」と「3列の歯」というドラコーン的な特長を以って語られる点に類似が見られる[1]。
また、ケートスと同様に獣の前半身に魚の後ろ半身を持つギリシア神話の存在として、ヒッポカムポス(海の神々の乗り物として描かれる点もよく似る)や、パーン神と関連付けられるやぎ座などがある[注 9]。
その他の神話や物語との類縁
ケートスの起源にはティアマトやヤムなどのメソポタミア神話における海(を象徴する怪物)との戦いのイメージの影響があるという説が存在する[2]。
キリスト教旧約聖書の古代ギリシア語訳『七十人訳聖書』およびラテン語訳『ウルガタ聖書』では創世記1章21節で神が創造した海の生き物タンニン/タニーン(תַּנִּינִם tannînim。クジラと解釈されることが多い[注 10])の訳語として κήτη および cete が使われている。また、『七十人訳聖書』ではヨナ書に登場する大きな魚(דָּג dag/דָּג גָּדוֹל dag gadol)の訳語として κῆτος が使われており、そこから、ヨナ書を描いた宗教画において魚の姿をケートスとして描く例が見られる。
中世にケートスのデザインが動物寓意譚などにおけるヘビの描かれ方に影響を与えて、「獣頭で、胴が太く、二足の生えたヘビ」というドラゴンの図像の源流を形作ったという意見もある[20]。

また、ジョン・ボードマンの調査によると、シルクロードによって古代ギリシアの文化が東方に伝わる中で[注 11]、ケートスがインドのマカラのデザインに影響を与えたという[21][22][注 12][注 13]。あるいはまた、中国の竜のデザインにも影響を与えた可能性が有るという[注 14][注 15]。
ルネサンス期イタリアのルドヴィーコ・アリオストによる叙事詩『狂えるオルランド』(1516年)には、ペルセウスとアンドロメダーを元にした「ヒッポグリフに乗った騎士ルッジェーロが、海岸の岩に繋がれて海の怪物オルクに襲われるアンジェリカを助ける」という物語が存在する。
関連画像
- 紀元前3世紀のモザイク画のケートス(カウロニア)
- 紀元前1世紀のフレスコ画のペルセウスとアンドロメダーとケートス(メトロポリタン美術館)
- 紀元前7世紀のケートスを象ったテラコッタの瓶の欠片
- 紀元前340-330年頃のアンフォラに描かれたペルセウスとケートスの戦い。ケートスの上にはニケーが乗る[26](ターラント国立考古学博物館)
- ドラゴンの姿で描かれたケートス。(1525年–1535年頃、ウォルターズ美術館)
- ドラゴンやマカラの意匠を持つケートス。
- オオカミの様な頭部を持つケートス(サンタ・マリア・アッスンタ教会)
- ドラゴンの姿で描かれたケートス(1891年、フレデリック・レイトン作 )
- ウシの頭部を持つケートス(1907年、フェリックス・ヴァロットン作)
- おそらくケートスを象っているとされる衝角の破片(紀元前2-3世紀、カネロプロス博物館)
- ヨナを飲み込む魚をケートスとして描いたモザイク画(4世紀、アクイレイア)
- 『狂えるオルランド』に基づく『アンジェリカを救うルッジェーロ』(1819年、ドミニク・アングル作)