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バネス・マーティロスヤン

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本名 バネス・ノリコビッチ・マーティロスヤン
通称 Nightmare(悪夢)
身長 182cm
バネス・マーティロスヤン
基本情報
本名 バネス・ノリコビッチ・マーティロスヤン
通称 Nightmare(悪夢)
階級 ミドル級
身長 182cm
リーチ 178cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 (1986-05-01) 1986年5月1日
出身地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 アルメニア・ソビエト社会主義共和国アボヴャン(英語版)
死没日 (2025-11-23) 2025年11月23日(39歳没)
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 41
勝ち 36
KO勝ち 21
敗け 4
引き分け 1
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バネス・マーティロスヤン(アルメニア語: Վանես Մարտիրոսյան、Vanes Martirosyan、1986年5月1日 - 2025年11月23日)は、アメリカ合衆国の元プロボクサー。アルメニアのアボヴャン(英語版)出身。

アマチュア時代

1986年5月1日、アルメニアのアボヴャン(英語版)で生まれる。彼の父ノリク・マーティロスヤンも元ボクサーで、当時は産業会社に勤めており、陸軍にも入隊していた。マーティロスヤンが4歳の時に家族がカリフォルニア州グレンデールに移住し、7歳の時に近所のジムでボクシングを始めた。ボクシングに専念するために、父親によって中学校を強制中退させられている。

2004年1月、全米選手権にウェルター級(69kg)で出場し、準決勝で敗退[1]。

2004年、アテネオリンピック国内西地区予選でティモシー・ブラッドリー、国内最終選考会でオースティン・トラウトを破りアメリカ代表として世界選手権に選出される。

2004年8月、ギリシャのアテネで開催されたオリンピックにウェルター級(69kg)で出場し、2回戦でロレンソ・アラゴンに敗退 [2]。

アマチュアの戦績は120勝10敗。

プロ時代

スーパーウェルター級

2005年4月8日、プロデビュー。4回判定勝ち。

2006年5月1日、トップランクと契約した[3]。

2009年12月19日、NABF北米スーパーウェルター級王者のウィリー・リーとNABO北米スーパーウェルター級王座決定戦を行い、3回TKO勝ちを収め両王座を獲得した。

2010年1月16日、元IBF世界スーパーウェルター級王者のカシム・オウマと対戦し、10回3-0の判定勝ちを収め両王座の初防衛に成功した。

2010年6月5日、ニューヨーク州のヤンキー・スタジアムでジョー・グリーンとNABF北米・NABO北米スーパーウェルター級タイトルマッチおよびWBAインターナショナルスーパーウェルター級王座決定戦を行い、10回3-0の判定勝ちを収めNABF王座及びNABO王座は2度目の防衛、WBAインターナショナル王座を獲得した[4]。

2011年6月4日、ロサンゼルスのステイプルズ・センターでサウル・ローマンとWBCシルバースーパーウェルター級王座決定戦を行い、7回TKO勝ちを収め王座獲得に成功した[5]。

2012年2月4日、サンアントニオのアラモドームでトロイ・ローリーとWBCシルバースーパーウェルター級タイトルマッチを行い、3回TKO勝ちを収め初防衛に成功した。

2012年11月10日、ウィン・ラスベガスでエリスランディ・ララとWBC世界スーパーウェルター級挑戦者決定戦を行うも、偶然のバッティングによりマーティロスヤンが左目尻をカットし試合続行不可能となり、9回1-1(86-85、86-86、84-87)の負傷判定で引き分けた為サウル・アルバレスへの挑戦権獲得に失敗した。

2013年11月9日、テキサス州コーパスクリスティのアメリカンバンクセンターでWBO世界スーパーウェルター級2位のデメトリアス・アンドラーデとWBO世界同級王座決定戦を行うも、プロ初黒星となる12回1-2(113-114、110-117、115-112)の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[6]。

2014年3月21日、マリオ・アルベルト・ロサーノとWBOインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座決定戦を行い、10回3-0(100-89×3)の判定勝ちを収め王座を獲得した。試合後にアル・ヘイモンと契約を結んだ。

2014年10月4日、ウィリー・ネルソンと対戦し、10回3-0(97-93×2、96-94)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2015年3月28日、ラスベガスのパルムス・カジノ・リゾートでジャーメル・チャーロとスーパーウェルター級10回戦を行うも、10回0-3(93-97、94-96×2)の判定負けを喫した[7][8]。

2015年9月12日、MGMグランド・ガーデン・アリーナにて、元IBF世界スーパーウェルター級王者のイシュー・スミスと同級10回戦を行い、3回と8回にダウンを奪い、10回2-0(97-91×2、95-95)の判定勝ちを収めた[9]。

2016年1月12日、WBCがWBC世界スーパーウェルター級王座挑戦者決定4人制トーナメントの1回戦でWBC世界スーパーウェルター級7位のジュリアン・ウィリアムズと対戦するよう指令を出した[10]。

2016年5月21日、ザ・コスモポリタン内チェルシー・ボール・ルームでWBA・IBO世界スーパーウェルター級王者のエリスランディ・ララと4年ぶりに再戦するも、12回0-3(111-116×2、112-115)の判定負けを喫し王座を獲得出来なかった[11][12]。

2017年2月7日、マネージャーのアル・ヘイモンとプロモーターのTBGプロモーションズから離脱した。マーティロスヤンは前年から試合が組まれないことに不満を募らせており、ヘイモンと連絡を取りたくても電話に出ないなど公然と不平を口にしていた[13]。

2017年3月16日、プロモーターのドン・キングと契約した[14]。

2017年10月6日、WBCがマチェック・スレッキとジャック・クルカイの勝者はWBC世界ライトヘビー級3位のマーティロスヤンとWBC世界スーパーウェルター級王座挑戦者決定戦を行うよう指令を出した[15]。

2018年1月7日、WBCがマチェック・スレッキとマーティロスヤンに対しWBC世界スーパーウェルター級王座挑戦者決定戦を行うよう指令を出した[16]。

ミドル級

2018年5月5日、カリフォルニア州カーソンのホーム・デポ・センター・テニスコートにてWBAスーパー・WBC・IBF・IBO世界ミドル級王者のゲンナジー・ゴロフキンと対戦し、2回1分53秒KO負けを喫し王座を獲得出来なかった[17][18]。当初はIBF王座も懸けられる予定だったが、マーティロスヤンはミドル級で実績がない1階級下のスーパーウェルター級の選手である上、2年前のエリスランディ・ララとの再戦での敗北以来1度も試合を行っていなかったことを理由にこの試合にIBF王座が懸けられることを拒否した[19]。

2019年9月15日、自宅で妻と口論になり頭突きを妻の顔面に食らわせたとして家庭内暴力の容疑で逮捕された[20]。

2025年11月23日、皮膚に発生した扁平上皮癌との2年に及ぶ闘病の末死去した。39歳没[21]。

獲得タイトル

  • NABF北米スーパーウェルター級王座
  • NABO北米スーパーウェルター級王座
  • WBAインターナショナルスーパーウェルター級王座
  • WBC世界スーパーウェルター級シルバー王座
  • WBOインターコンチネンタルスーパーウェルター級王座

脚注

関連項目

外部リンク

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