パベル・パルド

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本名 パベル・パルド・セグラ
Pável Pardo Segura
愛称 el jefe、el comandante
ラテン文字 Pável Pardo
パベル・パルド
2007年、VfBシュトゥットガルトでの優勝パレードでマイスターシャーレを手に勝ち誇るパルド
名前
本名 パベル・パルド・セグラ
Pável Pardo Segura
愛称 el jefe、el comandante
ラテン文字 Pável Pardo
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
生年月日 (1976-07-26) 1976年7月26日(48歳)
出身地 グアダラハラ
身長 175cm
体重 65kg
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993-1998
1998-1999
1999-2006
2006-2009
2009-2011
2011-2013
メキシコの旗 アトラス
メキシコの旗 テコス
メキシコの旗 クラブ・アメリカ
ドイツの旗 シュトゥットガルト
メキシコの旗 クラブ・アメリカ
アメリカ合衆国の旗 シカゴ・ファイアー
156 0(7)
34 0(5)
244 (22)
71 0(4)
86 0(3)
41 0(2)
代表歴2
1996-2009[1] メキシコの旗 メキシコ 149 (11)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年10月11日現在。
2. 2009年6月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パベル・パルド・セグラPável Pardo Segura, 1976年7月26日 - )は、メキシコハリスコ州グアダラハラ出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションは守備的ミッドフィールダー。メキシコ代表では、世界最多キャップ数を保持しているクラウディオ・スアレスに次ぐ出場キャップ数を誇る。

パルドは、地元グアダラハラを本拠地とするクラブ、CFアトラスでキャリアをスタートさせる。1996年のUSカップアメリカ代表戦でメキシコ代表デビューを果たした。その後、パルドはいくつかの試合ではキャプテンを任され、メキシコ代表の重要な選手となった。1998年から1年間エストゥディアンテス・テコスに在籍した後、クラブ・アメリカへと移籍する。クラブ・アメリカでは、2002年、2005年と2度のリーグ優勝のほか、スーパーカップも獲得。国際大会においても、クラブ5度目となるCONCACAFチャンピオンズカップCONCACAFジャイアンツカップなどのタイトルにも恵まれた。また、多くの代表大会で活躍したパルドには、CAリーベル・プレートレクレアティーボ・ウェルバなどのクラブへの移籍の噂が上がった。

ドイツW杯後、メキシコ代表でチームメイトとしてFIFAワールドカップを戦ったリカルド・オソリオと共に、100万ユーロドイツブンデスリーガに属するVfBシュトゥットガルトに加入した。2006年9月16日のヴェルダー・ブレーメン戦では初ゴールも挙げた。移籍初年度である2006-07シーズンから33試合のリーグ戦に出場し、ブンデスリーガ優勝に貢献した。2シーズン目には、el jefeボス)などの愛称も付けられた。 2009年1月、再びクラブ・アメリカへと移籍した。2011年7月にはMLSシカゴ・ファイアーへ移籍。

2013年1月19日、現役引退を発表した[2]

代表経歴

メキシコ代表として1998年2003年と2度のCONCACAFゴールドカップ優勝や、1999年FIFAコンフェデレーションズカップ優勝に貢献したほか、フランスW杯ドイツW杯とFIFAワールドカップにも2度出場。同じくコパ・アメリカにも1997年1999年と2度招集された。2007 CONCACAFゴールドカップにも出場して準優勝に貢献したものの、休養のため直後に行われたコパ・アメリカ2007には出場しなかった。2008年8月20日に行われたホンジュラス代表との2010年W杯予選では2得点を記録した。

エピソード

ハビエル・アギーレとは犬猿の仲として知られている。その背景として、2009年6月6日の2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選エルサルバドル戦で途中交代を命じられ、お互い激しく衝突している。パルドはメキシコ代表として大半の主要大会に出場しておきながら、前述の休養のため出場しなかったコパ・アメリカ2007を除く、彼が率いていた日韓W杯南アフリカW杯には出場できなかった。

代表歴

脚注

外部リンク

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