ラファエル・マルケス (サッカー選手)

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本名 ラファエル・マルケス・アルバレス
Rafael Márquez Álvarez
愛称 カイザー、アステカの皇帝、ラファ
ラテン文字 Rafael Marquez
ラファエル・マルケス
2014年のマルケス
名前
本名 ラファエル・マルケス・アルバレス
Rafael Márquez Álvarez
愛称 カイザー、アステカの皇帝、ラファ
ラテン文字 Rafael Marquez
基本情報
国籍 メキシコの旗 メキシコ
スペインの旗 スペイン
生年月日 (1979-02-13) 1979年2月13日(46歳)
出身地 サモラ
身長 183cm
体重 75kg
選手情報
ポジション DF / MF
利き足 右足
ユース
メキシコの旗 アトラス
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1996-1999 メキシコの旗 アトラス 77 (6)
1999-2003 モナコの旗 モナコ 89 (5)
2003-2010 スペインの旗 バルセロナ 163 (9)
2010-2012 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク・レッドブルズ 44 (1)
2013-2014 メキシコの旗 クルブ・レオン 50 (1)
2014-2016 イタリアの旗 エラス・ヴェローナ 35 (0)
2016-2018 メキシコの旗 アトラス 58 (1)
通算 516 (23)
代表歴
1999  メキシコ U-21 4 (2)
1997-2018 メキシコの旗 メキシコ 149 (18)
監督歴
2022- スペインの旗 バルセロナB
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ラファエル・マルケス・アルバレススペイン語: Rafael Márquez Álvarez, 1979年2月13日 - )は、メキシコ・サモラ出身の元サッカー選手。サッカー指導者。元メキシコ代表。現役時代のポジションはDF(センターバック)、MF(センターハーフ)。

2001年12月にメキシコの女優と結婚し、2人の子どもをもうけたが、2007年初頭に離婚している[1]

CFアトラス

1996年、17歳の時にCFアトラスでキャリアをスタートさせ、CFアトラスでは77試合に出場した。

ASモナコ

1999年、移籍金600万ユーロでリーグ・アンASモナコに移籍した。ASモナコのスカウトはチリ代表パブロ・コントレラスを視察するためにコパ・アメリカに赴き、その試合でマルケスが活躍をしたことから、両者と契約を結んだ。マルケスはすぐに成功を収め、クラブをリーグ制覇に導いた。

FCバルセロナ

2003年、リーガ・エスパニョーラFCバルセロナに移籍金500万ユーロで移籍した。FCバルセロナではかつてFWオラシオ・カサリンスペイン語版がプレーしており、クラブ史上2人目のメキシコ人選手となった。2003-04シーズンはリーグ戦21試合に出場し、リーグ戦は2位で終えた。2004-05シーズン途中にはティアゴ・モッタエジミウソンジェラール・ロペスなど中盤の底を務めていた選手が相次いで離脱したため、本来のポジションであるセンターバックではなく守備的ミッドフィールダーとして起用されたが、チームは17度目のリーグタイトルを獲得した。レバンテUD戦ではリーグ優勝を決めるサミュエル・エトーの得点をアシストしている。2005-06シーズン終盤には左膝を負傷して1ヶ月の間チームを離脱したが、UEFAチャンピオンズリーグ準決勝ACミラン戦ファーストレグで復帰した。2006年5月17日に行われたアーセナルFCとの決勝にも出場して2-1で勝利し、メキシコ人として初めて同大会優勝を果たした[2]

2006 FIFAワールドカップ後、マルケスは2010年6月までの延長契約にサインした。2006-07シーズンに負傷したにも関わらず2007年夏には他クラブへの移籍が噂され、クラブでの未来は漠然としたものであった。コパ・アメリカ2007でトップフォームを取り戻し、大会有数のディフェンダーとして3位というまずまずの結果を得た。2007-08シーズンは素晴らしいスタートを切り、キャプテンのカルレス・プジョルの負傷離脱中は新加入のガブリエル・ミリートと強固な信頼関係を築いた。しかし、度重なる怪我によりフォームを崩した後半戦はほとんどチームに貢献できず、チームもビジャレアルCFに追い抜かれてリーグ戦3位に終わった。2008年夏にはアメリカのヒューストンで開催された「フリーキックマスターズ2008」という大会に出場し、ロナウジーニョリオネル・メッシロマーリオら多くの名フリーキッカーを抑えて優勝し、優勝トロフィーと共に賞金100万ドル(約1億円)を獲得した。

2008年夏にロナウジーニョACミランに移籍したことで、フランク・ライカールト前監督が就任時に獲得した選手の最後の生き残りとなったが、ジョゼップ・グアルディオラ新監督はマルケスへの信頼を示した。2008-09シーズンはプジョルとともにセンターバックのファーストチョイスであり、2008年12月13日のレアル・マドリード戦ではFCバルセロナでの公式戦通算200試合出場を達成した。2009年4月28日のUEFAチャンピオンズリーグ準決勝・チェルシーFC戦で左膝を負傷し、チームメイトより一足早くシーズンを終えた[3]。2008-09シーズンはリーグ、コパ・デル・レイ、UEFAチャンピオンズリーグの3冠を達成する歴史的なシーズンであったが、マルケスはピッチの外から優勝を喜んだ。2009年夏にはセリエAACFフィオレンティーナからオファーを受け取ったが[4]、FCバルセロナで選手生活を終えたいと主張して残留した[5]。2009年11月にはクラブとの契約を2012年まで延長した[6]。2010年2月20日、ラシン・サンタンデール戦で復帰後初得点を決めた。7月31日、クラブとの契約を解除してフリーの身になった。FCバルセロナで最も成功を収めた外国人選手のひとりであり、7シーズンの在籍期間中に12個のトロフィーを獲得している。242試合に出場して14得点したが、この試合数は外国人選手としてはクラブ史上8位、非欧州国籍選手としてはクラブ史上最多の記録だった[7]

ニューヨーク・レッドブルズ

2010年8月2日、MLSニューヨーク・レッドブルズと3年契約を結んだ[8]。マルケスはクラブにとって3人目の特別指定選手(Designated Player)であり、8月3日にティエリ・アンリとともにレッドブル・アリーナでお披露目が行われた。8月8日のシカゴ・ファイアー戦でMLSデビューを飾り、8月21日のトロントFC戦で初得点を決めた。10月21日にニューイングランド・レボリューションに勝利してイースタン・カンファレンス優勝を決めた[9]

エラス・ヴェローナ

2014年8月4日、セリエAエラス・ヴェローナに移籍することが所属元のクルブ・レオンから発表され[10]、8月7日にエラス・ヴェローナからも移籍が発表された[11]

アトラスFC

2015年12月20日、古巣アトラスFCに復帰することが発表された[12]

2018年7月自身のインスタグラムにて現役引退を発表した[13]

代表経歴

2014 FIFAワールドカップに出場したマルケス

1999年にはナイジェリアで行われたFIFAワールドユース選手権に出場し、グループリーグのU-20オーストラリア戦とU-20アイルランド戦で得点を挙げた。決勝トーナメントではルシアーノ・ガジェッティらを擁するU-20アルゼンチン代表に勝利したが、累積警告のために準々決勝のU-20日本代表戦には出場できず、チームも敗れた。

1997年2月5日のエクアドル戦でメキシコA代表デビューした。1998年の1998 FIFAワールドカップには招集されなかったが、同年のCONCACAFゴールドカップと1999年のFIFAコンフェデレーションズカップ1999では優勝を勝ち取った。

日本と韓国で共催された2002 FIFAワールドカップでは23歳だったにもかかわらずハビエル・アギーレ監督からキャプテンを任され、メキシコ代表の4試合すべてに先発出場した。グループリーグでは力強いプレーを見せたが、アメリカとの決勝トーナメント1回戦ではレッドカードを受けて退場し、0-2で敗れてベスト16に終わった。

2006 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選では必要不可欠な選手であり、リカルド・ラ・ボルペ監督に選出されて本大会にも出場した。グループリーグ3試合すべてに出場し、決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン戦では1-2で敗れたもののメキシコ唯一の得点を決めた。

2010 FIFAワールドカップでもキャプテンを務め、開催国の南アフリカ戦では79分に得点を決め、2-0で勝利したフランス戦ではハビエル・エルナンデスの先制点をアシストした。

2014 FIFAワールドカップのメンバーにも選出され、キャプテンとして4度目のワールドカップ出場を果たした。グループリーグ第3戦のクロアチア戦では自身3大会連続ゴールとなる先制点を挙げ、さらにエルナンデスのゴールをアシスト。大会選定のマンオブザマッチに選定される活躍で、メキシコの6大会連続の16強入りに貢献した。

FIFAコンフェデレーションズカップ2017のメンバーにも選出され、グループリーグ第2戦のニュージーランド戦に途中出場し、準決勝のドイツ戦にも途中出場した。3位決定戦となるポルトガル戦には先発出場し、延長106分までプレイした。

2018 FIFAワールドカップのメンバーにも選ばれた。グループリーグ初戦のドイツ戦に途中出場し、ワールドカップ5大会連続出場を記録した。これは、元メキシコ代表アントニオ・カルバハル、元ドイツ代表ローター・マテウス、元イタリア代表ジャンルイジ・ブッフォンに次ぐ4人目の偉業となった[14]

監督

2022年7月14日、バルセロナBの監督に2年契約で就任した[15]

個人成績

クラブでの出場記録

[16]

クラブ成績 リーグ カップ 国際大会 通算
シーズンクラブリーグ 出場得点出場得点 出場得点 出場得点
メキシコ リーグカップ 北中米カリブ海 通算
1996-97CFアトラスプリメーラ242242
1997-98201201
1998-99333333
MON リーグカップ 国際大会 通算
1999-00ASモナコリーグ・アン2332060313
2000-011510040191
2001-0219030220
2002-0330100301
スペイン リーグ国王杯 ヨーロッパ 通算
2003-04FCバルセロナラ・リーガ2216030311
2004-053431060413
2005-062504180371
2006-072117070351
2007-082325080362
2008-0923141101373
2009-101513050231
アメリカ リーグUSオープン杯 北中米カリブ海 通算
2010ニューヨーク・レッドブルズMLS10120-121
201119020-210
201215020-170
メキシコ リーグカップ 北中米カリブ海 通算
2012-13クルブ・レオンリーガMX130-10141
2013-14251-70321
2014-1520--20
イタリア リーグイタリア杯 ヨーロッパ 通算
2014-15エラス・ヴェローナセリエA26030-290
2015-169010-100
メキシコ リーグカップ 北中米カリブ海 通算
2015-16CFアトラスリーガMX141--141
2016-17230--230
2017-18210--210
通算メキシコ 1358-801438
フランス 875501001025
スペイン 163930247124012
アメリカ 44160-501
イタリア 35050-390
総通算 5042346265161526

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 148試合 18得点(1997年-2018年)[17]
メキシコ代表国際Aマッチ
出場得点
199710
199800
1999121
2000102
2001120
200271
200341
200481
200591
200661
200791
200861
200920
2010121
2011111
201220
201352
201492
201550
201672
201760
201850
通算14818

得点

 # 日時場所対戦相手スコア最終結果大会
1.1999年2月5日香港の旗 湾仔 エジプト1 0
3 0
カールスバーグ・カップ
2.1999年8月16日ギリシャの旗 クサンティ ギリシャ1 1
2 3
親善試合
3.2000年2月13日アメリカ合衆国の旗 サン・ディエゴ トリニダード・トバゴ1 0
4 0
2000 CONCACAFゴールドカップ
4.2000年9月3日メキシコの旗 メキシコシティ パナマ5 1
7 1
2002 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選
5.2002年5月12日 コロンビア2 1
2 1
親善試合
6.2003年7月24日 コスタリカ1 0
2 0
2003 CONCACAFゴールドカップ
7.2004年6月19日アメリカ合衆国の旗 サン・アントニオ ドミニカ国0 3
0 10
2006 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選
8.2005年9月7日メキシコの旗 メキシコシティ パナマ2 0
5 0
9.2006年6月24日ドイツの旗 ライプツィヒ アルゼンチン0 1
2 (延長) 1
2006 FIFAワールドカップ
10.2007年3月28日アメリカ合衆国の旗 オークランド エクアドル2 2
4 2
親善試合
11.2008年8月10日メキシコの旗 トゥストラ・グティエレス カナダ2 0
2 1
2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選
12.2010年6月11日南アフリカ共和国の旗 ヨハネスブルク 南アフリカ共和国1 1
1 1
2010 FIFAワールドカップ
13.2011年6月12日アメリカ合衆国の旗 シカゴ コスタリカ1 0
4 1
2011 CONCACAFゴールドカップ
14.2013年10月30日アメリカ合衆国の旗 サンディエゴ フィンランド1 0
4 2
非公式試合
15.2013年11月13日メキシコの旗 メキシコシティ ニュージーランド5 0
5 1
2014 FIFAワールドカップ・大陸間プレーオフ
16.2014年4月2日アメリカ合衆国の旗 グレンデール アメリカ合衆国2 1
2 2
親善試合
17.2014年6月23日ブラジルの旗 レシフェ クロアチア0 1
1 3
2014 FIFAワールドカップ
18.2016年6月5日アメリカ合衆国の旗 グレンデール ウルグアイ2 1
3 1
コパ・アメリカ・センテナリオ
19.2016年11月11日アメリカ合衆国の旗 コロンバス アメリカ合衆国1 2
1 2
2018 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選

タイトル

クラブ

ASモナコ
FCバルセロナ
ニューヨーク・レッドブルズ
  • MLSイースタン・カンファレンス:1回 (2010)

代表

メキシコ代表

個人

  • リーグ・アン最優秀DF賞:1回 (2000)
  • 北米最優秀選手:1回 (2005)
  • IFFHS 世界で最も人気のある選手:第3位 (2006)
  • フリーキックマスターズ:1回 (2008)

脚注

関連項目

外部リンク

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