1986 FIFAワールドカップ
1986年にメキシコで行われた第13回FIFAワールドカップ
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予選
出場国
出場選手は1986 FIFAワールドカップ参加チームを参照。
| 大陸連盟 | 出場 枠数 | 予選 | 組 予選順位 | 出場国・地域 | 出場回数 | 備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| CONCACAF | 1+1 | 開催国 | 2大会ぶり9回目 | ||||
| 最終予選 | 1位 | 初出場 | |||||
| UEFA | 1+12.5 | 前回優勝国 | 7大会連続11回目 | ||||
| 欧州予選 | 1組 | 1位 | 4大会連続5回目 | ||||
| 2位 | 2大会連続7回目 | ☆ | |||||
| 2組 | 1位 | 9大会連続11回目[1] | |||||
| 2位 | 5大会ぶり2回目 | ||||||
| 3組 | 1位 | 2大会連続8回目 | |||||
| 2位 | 2大会連続3回目 | ||||||
| 4組 | 1位 | 3大会連続9回目 | |||||
| 2位 | 3大会ぶり5回目 | ||||||
| 5組 | 1位 | 3大会連続9回目 | |||||
| 6組 | 1位 | 初出場 | |||||
| 2位 | 2大会連続6回目 | ||||||
| 7組 | 1位 | 3大会連続7回目 | |||||
| 2位 | 4大会連続6回目 | ○ | |||||
| CONMEBOL | 4 | 南米予選 | 1組 | 1位 | 4大会連続9回目 | ||
| 2組 | 1位 | 3大会ぶり8回目 | |||||
| 3組 | 1位 | 13大会連続13回目 | |||||
| 2位 | 7大会ぶり4回目 | ||||||
| CAF | 2 | 最終予選 | 1組 | 1位 | 2大会連続2回目 | ||
| 2組 | 1位 | 4大会ぶり2回目 | |||||
| AFC | 2 | 最終予選 | 西地区 | 1位 | 初出場 | ||
| 東地区 | 1位 | 8大会ぶり2回目 | |||||
| OFC | 0.5 | 地区予選 | 出場国無し | ||||
- 備考欄の「☆」は欧州予選プレーオフ、「○」は大陸間プレーオフに勝利の上、出場が決定したチーム。
本大会
概要
当初はコロンビアで開催される予定であったが、経済状態の悪化から1983年にコロンビアの大会組織委員会が開催権を返上、メキシコが代わりに主催することになった。これにより、メキシコは1970年以来、16年ぶり2回目のワールドカップ開催地となった。その代替開催となったメキシコも前年の1985年に大地震に見舞われ一時は不安視されたが、大会は無事に開催された。
大会の方式は1982年大会から変更された。前回と同じく24チームが大会に参加し、4チームごと6つのグループに分けられた。しかし、2次リーグは実施せず、16カ国によるトーナメント方式に変更された。各グループの1位と2位、それに3位のチームが勝ち点の多い順に4チーム、合計16チームが選ばれることとなった。
この大会はディエゴ・マラドーナの大会として人々に記憶されている。選手として絶頂期にあったマラドーナがアルゼンチン代表のエースとしてチームを優勝に導いたからである。その中で最も有名な試合は、準々決勝のイングランド戦である。マラドーナは2点を決め、チームも2-1で勝利した。1点目は、マラドーナが後日インタビューに「神の手」と語る通り、ヘディングを狙いにいったマラドーナの手に当たってゴールに入った点である。審判はマラドーナのハンドを確認することができず、イングランド代表の抗議も実らず、得点は認められた。イングランドでは、この得点は逆に「悪魔の手」と呼んでいる。2点目は、マラドーナがセンターライン付近からドリブルを始め、ゴールキーパーのシルトンを含めて5人のイングランド選手をドリブルで抜いて決めた。
イングランドは、グループリーグ初戦のポルトガル戦を落とすなど危機的状況にあったが、エースストライカーのゲーリー・リネカーが最終戦のポーランド戦で前半だけでハットトリックを達成するなど盛り返しベスト8に進出した。また、リネカーは6得点をあげ大会得点王になった。
前回優勝のイタリアは、攻撃陣では前回大会得点王・パオロ・ロッシに代わってアルトベッリが台頭し4得点をあげたが、守備陣が毎試合失点と脆さを露呈。グループリーグこそ1勝2分けで乗り切ったが、決勝トーナメント1回戦で優勝候補のフランスに0-2と敗れた。
一方でモロッコがアフリカ勢初のグループリーグ突破を果たした。モロッコが入ったグループFは、サッカーの母国・イングランド、前回大会3位でこの大会のシード国の一つとなったポーランド、2年前のUEFA欧州選手権ベスト4のポルトガルと欧州の強豪が揃い前評判では不利だったが、ポーランド、イングランドとの対戦をスコアレスドローで乗り切ると、3戦目のポルトガル戦は3-1と勝利してグループリーグを1位で突破した。決勝トーナメントでは西ドイツと対戦、経験不足を突かれて後半終了間際にマテウスにFKで先制点を決められ、0-1で敗れた。
また、準々決勝のフランス対ブラジル戦は、事実上の決勝戦ともいわれた黄金カードであった。ブラジルがエースストライカー・カレカのゴールで前半16分に先制すると、フランスは前半40分にプラティニが同点ゴールを決めた。後半に入りブラジルはジーコを投入、彼の放ったスルーパスが相手の反則を誘いPKを獲得した。キッカーはジーコが務めたがゴール右隅を狙ったシュートはゴールキーパー・バツに阻まれた。試合は延長でも決着がつかずPK戦に突入し、プラティニが外したものの、フランスが勝利を収めた。フランスは準決勝の西ドイツ戦では精彩を欠き、0-2で敗れた。フランスは3位決定戦ではプラティニ、ジレスらを外して若手中心のメンバーを組み、「プラティニの後継者」と目されたパパンのゴールや次代のキャプテンとなるアモロの活躍もあり、3位の座を確保した。
西ドイツは2大会連続準優勝に終わったが、前回大会とは違い前評判は低かった。しかし、決勝トーナメント1回戦モロッコ戦の後半終了間際のマテウスのFKからのロングシュートや、準々決勝でホームのメキシコ相手にPK戦までの熱戦、決勝戦のアルゼンチン戦での2点リードされた状況から同点に追いつく粘り強い試合運びは、お家芸の「ゲルマン魂」を発揮したものだった。
大会のMVPに送られるアディダスゴールデンボール賞にはマラドーナが選ばれた。
高地という環境に加え、全試合デーゲーム開催となったため、体力面の消耗が激しい大会でもあった。ダークホースとして警戒されていたソ連、デンマークはグループリーグから持ち前の攻撃力を発揮してフランス、西ドイツの強豪を抑えて1位で突破し、順当に勝ち上がれば準々決勝での対戦が見込まれていた。しかし両国とも決勝トーナメント1回戦で敗退。ソ連はベルギーに対し2度のリードを守りきれずに延長戦に持ち込まれて敗退、デンマークはスペイン相手に先制しながらもその後ブトラゲーニョに4得点を挙げられるなど5失点を喫するなど、体力面の消耗が致命的となった。
UEFA欧州選手権1984ベスト4のポルトガルは、グループリーグ初戦のイングランド戦と第2戦のポーランド戦の間に選手が練習をボイコットする騒動を起こした結果、第3戦でモロッコに敗れ大会を去った。カナダとイラクがワールドカップ初出場を遂げたが、両者とも3連敗で敗退した。
会場
| メキシコシティ | グアダラハラ | プエブラ | |
|---|---|---|---|
| エスタディオ・アステカ | エスタディオ・オリンピコ・ウニベルシタリオ | エスタディオ・ハリスコ | エスタディオ・クアウテモック |
| 収容人数: 114,600 | 収容人数: 72,212 | 収容人数: 66,193 | 収容人数: 46,416 |
| サン・ニコラス・デ・ロス・ガルサ | ケレタロ | ||
| エスタディオ・ウニベルシタリオ | エスタディオ・コレヒドラ | ||
| 収容人数: 43,780 | 収容人数: 38,576 | ||
| ネサワルコヨトル | モンテレイ | ||
| エスタディオ・ネサ86 | メキシコシティの会場 | エスタディオ・テクノロヒコ | |
| 収容人数: 34,536 | 収容人数: 33,805 | ||
| トルーカ | イラプアト | レオン | サポパン |
| エスタディオ・ネメシオ・ディエス | エスタディオ・セルヒオ・レオン・チャベス | エスタディオ・ノウ・カンプ | エスタディオ・トレス・デ・マルソ |
| 収容人数: 32,612 | 収容人数: 31,336 | 収容人数: 30,531 | 収容人数: 30,015 |
結果
1986年当時における勝ち点の計算方法は、勝利の場合勝ち点2、引き分けの場合1であったため、以下この勝ち点を適用して結果を記す。
グループリーグ
グループ A
グループ B
グループ C
グループ D
グループ E
グループ F
各組3位チーム
決勝トーナメント
| ラウンド16 | 準々決勝 | 準決勝 | 決勝 | |||||||||||
| 6月15日 - メキシコシティ | ||||||||||||||
| 2 | ||||||||||||||
| 6月21日 - モンテレイ | ||||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
| 0 (1) | ||||||||||||||
| 6月17日 - モンテレイ | ||||||||||||||
| 0 (4) | ||||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
| 6月25日 - グアダラハラ | ||||||||||||||
| 1 | ||||||||||||||
| 2 | ||||||||||||||
| 6月16日 - グアダラハラ | ||||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
| 4 | ||||||||||||||
| 6月21日 - グアダラハラ | ||||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
| 1 (3) | ||||||||||||||
| 6月17日 - メキシコシティ | ||||||||||||||
| 1 (4) | ||||||||||||||
| 2 | ||||||||||||||
| 6月29日 - メキシコシティ | ||||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
| 2 | ||||||||||||||
| 6月15日 - レオン | ||||||||||||||
| 3 | ||||||||||||||
| 3 | ||||||||||||||
| 6月22日 - プエブラ | ||||||||||||||
| 4 | ||||||||||||||
| 1 (5) | ||||||||||||||
| 6月18日 - ケレタロ | ||||||||||||||
| 1 (4) | ||||||||||||||
| 1 | ||||||||||||||
| 6月25日 - メキシコシティ | ||||||||||||||
| 5 | ||||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
| 6月16日 - プエブラ | ||||||||||||||
| 2 | 3位決定戦 | |||||||||||||
| 1 | ||||||||||||||
| 6月22日 - メキシコシティ | 6月28日 - プエブラ | |||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
| 2 | 4 | |||||||||||||
| 6月18日 - メキシコシティ | ||||||||||||||
| 1 | 2 | |||||||||||||
| 3 | ||||||||||||||
| 0 | ||||||||||||||
1回戦
準々決勝
準決勝
3位決定戦
決勝
|
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
優勝国
| 1986 FIFAワールドカップ優勝国 |
|---|
アルゼンチン 2大会ぶり2回目 |
得点ランキング
| 順位 | 選手名 | 国籍 | 得点数 |
|---|---|---|---|
| 1 | ゲーリー・リネカー | 6 | |
| 2 | ディエゴ・マラドーナ | 5 | |
| カレカ | |||
| エミリオ・ブトラゲーニョ | |||
| 5 | ホルヘ・バルダーノ | 4 | |
| プレーベン・エルケーア・ラルセン | |||
| アレッサンドロ・アルトベッリ | |||
| イーゴリ・ベラノフ |
表彰
- FIFAフェアプレー賞:
ブラジル
個人賞
| 賞 | 選手名 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|
| ゴールデンボール(大会MVP) | ディエゴ・マラドーナ | 優勝 | |
| シルバーボール | ハラルト・シューマッハー | 準優勝 | |
| ブロンズボール | プレーベン・エルケーア・ラルセン | ベスト16 | |
| ゴールデンシューズ(得点王) | ゲーリー・リネカー | 6得点 |