ビル・バックナー

アメリカ合衆国の野球選手 (1949-2019) From Wikipedia, the free encyclopedia

ウィリアム・ジョゼフ・バックナーWilliam Joseph Buckner , 1949年12月14日 - 2019年5月27日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ヴァレーホ出身の元プロ野球選手一塁手外野手)。

生年月日 (1949-12-14) 1949年12月14日
没年月日 (2019-05-27) 2019年5月27日(69歳没)
概要 基本情報, 国籍 ...
ビル・バックナー
Bill Buckner
レッドソックス時代(1986年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ヴァレーホ
生年月日 (1949-12-14) 1949年12月14日
没年月日 (2019-05-27) 2019年5月27日(69歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 1968年 MLBドラフト2巡目(全体25位)
初出場 1969年9月21日
最終出場 1990年5月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
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経歴

カブス時代(1981年)

ロサンゼルス・ドジャースより1969年9月21日に19歳でメジャーデビュー。1990年に40歳で引退するまで、1960年代 - 1990年代までプレーした「4ディケード・プレイヤー」であった。

通算打率.289の好打者として活躍し、ドジャース時代には1974年ナ・リーグ優勝し、ワールドシリーズ出場を果たす。この年4月8日のホームでのアトランタ・ブレーブス戦でハンク・アーロンベーブ・ルースの記録を破る通算715号本塁打を放った際、左翼手として出場していたバックナーはフェンスによじ登って半身を乗り出して捕球を試みるが届かず、捕球したのはフェンスの向こうのブルペンにいたブレーブス救援投手のトム・ハウスであった。1977年1月11日リック・マンデイ他1人とのトレードで他の2人と共にシカゴ・カブスに移籍。1980年には首位打者を獲得した。1981年には唯一となるオールスターに選出された。

1984年5月25日にデニス・エカーズリー他1人とのトレードでボストン・レッドソックスに移籍。1986年ニューヨーク・メッツとのワールドシリーズに出場したが、チームがシリーズ制覇に王手を掛けていた第6戦で、一塁の守備に就いていた延長10回裏の勝負所でゴロを後逸。このプレーを境に、チームばかりか自身の人生も暗転した(詳細後述)。

現に、1987年7月23日にレッドソックスを解雇されてからは、短期間の移籍を繰り返した。同年7月28日にカリフォルニア・エンゼルスと契約したものの、翌1988年5月9日に解雇されたため、同月13日にカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍。シーズン終了後にFAへ移行したため、1990年2月にレッドソックスと再び契約したが、6月5日に解雇されたことを機に引退した。

2019年5月27日に、レビー小体型認知症で逝去した。69歳没[1]

選手としての特徴

2012年シーズン終了時点で通算成績のうち、出場試合2517はMLB歴代50位、打数9397は45位、安打2715は62位、二塁打498は60位、単打1994は49位、犠飛97は36位、敬遠111は97位、併殺打247は34位である。

三振は少なく、通算では20.7打数で1三振(以下略)である。この部門において、1980年(32.1)、1982年(25.3)、1985年(18.7)、1986年(25.2)の4回リーグ最高の成績を残し、1979年1981年1983年、1987年も第2位であった。この部門でのメジャー歴代順位は94位だが、上位はほとんどが三振の少ない時代(主に1910年代以前)までの打者で、近年の打者の中では非常に優秀である。主に1970年代以後に活躍した他の好打者と比較すると、トニー・グウィンの21.4にはわずかに及ばないが、ウェイド・ボッグスは12.3、ロッド・カルーは9.06、ビル・マドロックは12.93、イチロー(2012年まで)は9.94と、バックナーの数字は際立っている。そのかわり、早打ちのため四球は少なく、通算450でしかない。通算打率.289に対し、出塁率は.321でしかない。

メジャー公式戦での通算安打数は2715安打(2012年終了時点でMLB歴代62位)で、レッドソックスの大先輩テッド・ウィリアムズよりも61本多いにもかかわらず、ウィリアムズと違ってアメリカ野球殿堂入りは果たせていない。バックナーよりも多くの安打を記録した殿堂入りの有資格者(引退から5年以上経過した元・メジャーリーガー)で、八百長違法薬物に手を染めていないどころか、そのような疑惑すら生じていないのに殿堂入りを果たせていない人物は、アル・オリバーベイダ・ピンソンだけである。

1986年ワールドシリーズ第6戦のトンネル失策

1986年のワールドシリーズはレッドソックスとメッツの戦いとなり、メッツの本拠地シェイ・スタジアムで幕を開けた。レッドソックスは第1戦・第2戦を敵地で連勝。本拠地フェンウェイ・パークに戻って第3戦・第4戦と敗れたが、第5戦に勝って1918年以来68年ぶりのワールドシリーズ制覇に王手をかけて、シェイ・スタジアムに乗り込んだ。

そして迎えた第6戦。試合は、レッドソックスが2度リードを奪うがメッツは追いつき、3対3のまま延長戦へ。10回表、レッドソックスはこの回から登板したリック・アギレラを攻め、デーブ・ヘンダーソンの本塁打等で2点を獲り、ワールドチャンピオンまで、あとはアウトを3つ取るだけとなった。

当時のレッドソックスは、通常、リードしている試合の終盤には、足に故障もあって、守備のあまり上手くないバックナーに代えて、守備固めとしてデーブ・スティプルトン英語版)を起用することが多かった。このシリーズでも第1戦に、1-0とリードした9回にバックナーに代えてスティプルトンを起用。無死一塁の場面でスティプルトンは送りバントを素早く処理して一塁走者を二塁封殺し、1-0の完封勝利に貢献しているのだが、この試合では敢えてスティプルトンを起用しなかった。

クローザーのカルビン・シラルディ英語版)が二死をとり後一死となったが、メッツが意地を見せ4番のゲイリー・カーターが安打で出塁。続く代打ケビン・ミッチェルも0-2(0ボール2ストライク)と追い込まれながらもヒットで続き、レイ・ナイトがやはり0-2と追い込まれながらも適時打を放ち、1点差に追い上げた。

ここでレッドソックスは投手をボブ・スタンリー英語版)に代える。スタンリーはムーキー・ウィルソンを1-2と追い込むがウィルソンはファウルで粘り、7球目が暴投となって三塁からミッチェルが返り同点。ナイトも二塁に進んだ。

ウィルソンは10球目に一塁への緩いゴロを放ったが、一塁を守っていたバックナーがこの打球を後逸。打球が右翼へ転がる間に、二塁からナイトが生還したことによって、メッツは土壇場でサヨナラ勝利を収めた。

試合後

第6戦のサヨナラ勝利でレッドソックスに一矢を報いたメッツは、翌日の第7戦でも逆転勝利を収めたことによって、17年ぶり2度目のワールドシリーズ制覇を達成。この結果を受けて、バックナーの後逸が「レッドソックスがワールドチャンピオンになれなかった原因」として槍玉に挙げられるようになった。そして、レッドソックス自体も、2004年までワールドシリーズ制覇から遠ざかった。

バックナー自身は、第6戦終了後のインタビューに、「これが私の人生。このエラー(失策)をこれからの人生の糧にしたい」とコメント。阪神タイガース外野手時代の1973年「世紀の落球」との烙印を押されたプレー(実際には飛球へ触れずに転倒したため「失策なしの三塁打」と記録)でバックナーと同様の境遇(当該項で詳述)へ追い込まれていた池田純一は、このコメントを日本のスポーツニュースで知ったこと[2]がきっかけで、2001年にアメリカでバックナーと初めて対面した。その際にバックナーから「人生にエラーは付きものだが、その後の生き方こそ大事だ。たかが野球、たかがゲームじゃないか。長い目で見ると、辛いことの方が大きな意味を持つ。あのエラーがあったから、今の人生がある」と言われたことがきっかけで、日本への帰国後に再起。引退の翌年(1979年)から夫婦で手掛けていたジーンズショップの経営と並行しながら、「自分の体験を話すことで他人を励ましたい」との一心で、講演活動を積極的に展開していた(池田は2005年5月17日に59歳で逝去)[3]

バックナーが後逸したボールは、引退後の2012年5月4日にダラスで開催されたオークションへ出品されると、41万8250ドル(約3300万円)で落札[4]。この試合でバックナーが使用していたファーストミットとスパイクも、2016年10月開催のゴールディン・オークション[5]に出品されたところ、ファーストミットは10万6575ドル(約1120万円)、スパイクは6737ドル50セントで落札されている。

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球団 ...
















































O
P
S
1969 LAD 1110000000000000000.000.000.000.000
1970 287168613310184010031070.191.225.265.490
1971 108383358379915151314141721145186.277.306.366.672
1972 105405383471221435157371033117211313.319.348.410.758
1973 140606575681582008202461226517533415.275.297.351.648
1974 14562058083182303723958311342301042413.314.351.412.763
1975 923152883070112610331834417721511.243.286.358.644
1976 15468064276193284725060289652661268.301.326.389.715
1977 CHC 122457426401212701118160752721212316.284.314.425.739
1978 11747044647144261518774751518501716.323.345.419.764
1979 149628591721683471425866941430622816.284.319.437.756
1980 1456145786918741310264681206301101813.324.353.457.810
1981 106453421451313531020275520526911617.311.349.480.829
1982 161709657932013451529010515511036752614.306.342.441.783
1983 1536656267917538616273661244525553010.280.310.436.746
1984 2146433900092000111111.209.239.209.448
BOS 114471439511222121118067220324553811.278.321.410.731
'84計 135517482541312121118969220425663912.272.313.392.705
1985 162718673892014631630111018421130523616.299.325.447.772
1986 1536816297316839218265102640840942525.267.311.421.732
1987 7530428623786129242130513101910.273.299.322.621
CAL 57194183165612137932101191073.306.337.432.769
'87計 13249846939134182517174231622202613.286.314.365.679
1988 1948431900099200140002.209.271.209.480
KC 8926324218621403853431441350196.256.290.351.641
'88計 10831128519711403944351451750198.249.287.330.617
1989 7918317673841147161001620114.216.240.267.507
1990 BOS 22484348001113001132021.186.234.256.490
MLB:22年 251710033939710772715498491743833120818373479745011142453247.289.321.408.729
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年度別守備成績

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一塁(1B)左翼(LF)右翼(RF)




































1970 LAD 110001.00019310001.000121011.000
1971 11706041.000410001.00082164510.994
1972 3531121328.9919220001.00052102110.990
1973 9388850293.9983667010.98515230001.000
1974 649112.980134230460.975360001.000
1975 -72138420.986-
1976 10000----152309750.984630001.000
1977 CHC 99966581075.990--
1978 105107583685.995--
1979 14012581247118.995--
1980 9482673667.99342744011.0001220121.913
1981 105996811792.984--
1982 16115471591289.993--
1983 144136616113132.99215230001.000-
1984 7665051.000251001.000-
BOS 113974961575.986--
'84計 12010401011580.987251001.000-
1985 162138418412140.992--
1986 138106715714104.989--
1987 7460558653.991--
CAL 5352011.000--
'87計 7964060654.992--
1988 111011.000--
KC 2116012111.994--
'88計 2216113112.994--
1989 2418113319.985--
1990 BOS 15756061.000--
MLB 15551390113511281200.99248590020141.985171320842.988
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タイトル

記録 

背番号

  • 38(1969年)
  • 22(1970年 - 1984年、1990年、1996年 - 1997年)
  • 16(1984年)
  • 6(1985年 - 1988年)
  • 14(1988年 - 1989年)

脚注

外部リンク

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