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ファニーサイド

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欧字表記 Funny Cide
性別 騸
ファニーサイド
サラトガにて(2006年9月1日)
欧字表記 Funny Cide
品種 サラブレッド
性別 騸
毛色 栗毛
生誕 2000年4月20日
死没 2023年7月16日(23歳没)
父 Distorted Humor
母 Belle's Good Cide
母の父 Slewacide
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 Win Star Farm
馬主 Sackatoga Stables
(Jackson W.Knowlton)
調教師 Barclay Tagg(アメリカ)
競走成績
生涯成績 38戦11勝
獲得賞金 3,529,412ドル
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ファニーサイド (Funny Cide) はアメリカの競走馬である。2003年のケンタッキーダービー、プリークネスステークスを制し二冠を達成、エクリプス賞最優秀3歳牡馬に選出された。

デビュー前に停留精巣を起こしていたことで去勢手術を受ける。2002年9月の未勝利戦でデビュー、15馬身差で圧勝した。この年さらに2戦し連勝している。2003年は重賞で堅実に走り、4月のウッドメモリアルステークスでG1に初挑戦、エンパイアメーカーの2着に敗れる。続くケンタッキーダービーでは7番人気とあまり評価されなかったが、エンパイアメーカーを抑えて優勝した[1]。ニューヨーク産の馬として史上初、騸馬の優勝は1929年のクライドヴァンデュセン以来74年振りであった。続くプリークネスステークスも9馬身3/4差で圧勝、二冠馬となった。後述の理由により大人気を得ていたファニーサイドの三冠達成の瞬間を見ようと、ベルモントステークス当日は10万人を超える大観衆がベルモントパーク競馬場に詰め掛けたが、宿敵エンパイアメーカーの3着に敗れ、三冠制覇はならなかった。 その後は2004年10月のジョッキークラブゴールドカップに勝利。種牡馬になれない騸馬ゆえに長く現役であり続けたが、年を重ねるにつれ大レースからは姿を消していった。2007年7月のワズワースメモリアルハンデキャップで約1年振りに勝利したのを最後に現役を引退した。

引退後は、ケンタッキー州レキシントンにあるケンタッキーホースパーク(英語版)のチャンピオンズホールで余生を過ごしていたが、2023年7月16日、疝痛の合併症により死亡した[2][3]。

エピソード

2001年8月のセールで僅か2万2000ドルという安値で取引され、その後バークレイ・タッグ調教師に見出され、サッカトガ・ステーブルに7万5000ドルで転売された。サッカトガ・ステーブルとはごく普通の一般階級の人間10人から成る共同馬主グループであり、他の大富豪の馬主達とは明らかに一線を画す存在であった。取引価格の安さと、馬主が庶民であるという親しみやすさがファンの共感を呼び、ファニーサイドは爆発的な人気を得ることになった。

血統表

脚注

外部リンク

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