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ディストーテッドヒューマー

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欧字表記 Distorted Humor
性別 牡
ディストーテッドヒューマー
欧字表記 Distorted Humor
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 栗毛
生誕 1993年3月19日
死没 2026年1月10日(33歳没)
父 Forty Niner
母 Danzigs Beauty
母の父 Danzig
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 Nuckols Farm, Inc.
馬主 Russell L. Reineman Stable
& Prestonwood Farm
調教師 Phil Gleaves
→W. Elliott Walden
競走成績
生涯成績 23戦8勝
獲得賞金 769,964ドル
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ディストーテッドヒューマー(Distorted Humor、1993年 - 2026年1月10日)は、アメリカ合衆国のサラブレッドの競走馬および種牡馬である。

競走馬としてグレード競走4勝を上げ、種牡馬としてケンタッキーダービー馬ファニーサイドやブリーダーズカップ・クラシック優勝馬ドロッセルマイヤーなどを輩出し、2007年にはリーディングサイアーに輝いた。

主な勝鞍

1990年のエイコーンステークス2着馬ダンジグズビューティの第2子として、1993年に生まれたサラブレッドの牡馬である。

競走馬としてのデビューは比較的遅く、初めて競走に出走したのは3歳になった1996年2月のガルフストリームパーク競馬場であった。初戦となった6ハロン(約1207メートル)の未勝利戦で初勝利を挙げると、以降短距離からマイルにかけての距離路線を中心に出走していった。デビュー当初はフィル・グレイヴスが調教師を担当していたが、同年春に同馬の所有権をプレストンウッドファームが購入すると調教師も変更となり、代わってエリオット・ウォルデンが担当することになった。

3歳時にはスクリーンキングステークス(現アムステルダムステークス)に勝ち、4歳になってサルバトールマイルハンデキャップ (G3) で初の重賞勝ちを収めた。5歳時は最良の年であり、コモンウェルスブリーダーズカップハンデキャップ (G2) 、チャーチルダウンズステークス (G2) 、アックアックハンデキャップ (G3) と重賞3勝を挙げる活躍を果たしている。G1競走への出走経験もあるが、5歳時のシガーマイルハンデキャップで3着に入ったのが関の山であった。

生涯での戦績は23戦8勝、2着5回、3着3回、総獲得賞金は769,964ドルであった。

1996年(3歳)
スクリーンキングステークス
2着 - フェイエットステークス (G3) 、ジェロームハンデキャップ (G2)
1997年(4歳)
サルバトールマイルハンデキャップ (G3)
2着 - ケンタッキーカップクラシックステークス (G3)
1998年(5歳)
コモンウェルスブリーダーズカップハンデキャップ (G2) 、チャーチルダウンズステークス (G2) 、アックアックハンデキャップ (G3)

種牡馬時代

引退翌年の1999年よりオーストラリアビクトリア州にあるグランドロッジスタッドに送られ、そこで12,000ドルの種付け料を設定されて、2シーズンの間種牡馬として活動した。その後2000年にアメリカのウィンスターファームへと再輸出されたため、オーストラリアで残した産駒はわずか2世代であったが、競走馬となった93頭のうち74頭が勝ち上がる好成績を挙げた。

オーストラリア時代の主な産駒に、サウスオーストラリアンオークスやタスマニアンオークスに勝ったリンキーディンク(Rinky Dink 2000年生、牝馬)、香港で香港ダービートライアルなどに勝ったハロープリティ(Hello Pretty 2001年生、せん馬)などがいる。また障害競走でも活躍馬を出しており、サムアーベント(Some Are Bent 2001年生、せん馬)は2シーズンに亘ってオーストラリア最優秀障害馬に選出されている。

アメリカに戻って初の産駒が走り始めたのは2002年のことであった。この年デビューしたオーサムヒューマー(Awesome Humor 2000年生、牝馬)がスピナウェイステークスを制するなどの活躍もあって、ディストーテッドヒューマーは同年の新種牡馬リーディングサイアーに輝いた。

ディストーテッドヒューマーの代表産駒として名の挙がるファニーサイド(Funny Cide 2000年生、せん馬)も同年の生まれであった。せん馬の身ながらも2003年のケンタッキーダービーとプリークネスステークスを制して二冠を達成し、その活躍は大きな話題、ひいてはディストーテッドヒューマーの評判を高めた。種付け料も年々高騰し、2008年時点では30万ドルと、エーピーインディやストームキャットといったかつての超高額種牡馬とほぼ同額の高みにまで上りつめた。その後2009年には一転して設定価格が下がり、15万ドルとなっている[† 1]。

例年産駒は順調に活躍し、2005年にはアメリカのリーディングサイアーランキングにおいて、1位のセイントバラードに肉薄する2位にまで浮上し、ドロッセルマイヤーがベルモントステークスとブリーダーズカップ・クラシックに優勝した2007年にはリーディングサイアーに輝いた。 また、産駒のトラヴァーズステークス優勝馬フラワーアレイは、種牡馬としてケンタッキーダービーとプリークネスステークスの二冠を制したアイルハヴアナザーを、母の父として日本でGI4勝を挙げたラッキーライラック、同じく日本で3歳ダート二冠を制覇したナチュラルライズを輩出している。

2021年をもって種牡馬を引退し、以降はウインスターファームにて功労馬として繋養されている[1]。

2026年1月10日、老衰のため安楽死させられた。33歳没[2]

主な産駒

日本国外調教馬

日本国内調教馬

母の父としての代表産駒

血統表

出典

外部リンク

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