フサイン・ブン・サイード
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アブー・アブドゥッラー・アル=フサイン・ブン・サイード・ブン・ハムダーン(アラビア語: أبو عبدالله الحسين بن سعيد بن حمدان, ラテン文字転写: Abū ʿAbdallāh al-Ḥusayn b. Saʿīd b. Ḥamdān)は、ハムダーン朝の初期の成員の一人であるサイード・ブン・ハムダーンの息子であり、それぞれモースルとアレッポに政権を築いたナースィル・アッ=ダウラとサイフ・アッ=ダウラの従兄弟にあたる人物である。
944年にフサインは当時アッバース朝のアミール・アル=ウマラー(大アミール)であったトゥーズーンからハムダーン朝に割り当てられたシリアの地をムハンマド・ブン・トゥグジュの軍勢から奪取するためにナースィル・アッ=ダウラによって派遣された。フサインは当初同地域の北部を占領することに成功したが、間もなくムハンマド・ブン・トゥグジュ自身が率いるイフシード朝の軍勢によってシリアから駆逐された[1]。また、フサインはかつてイブン・ラーイクの女奴隷であったサリーラと結婚した[2]。