ブダシリ (忠順王)
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先代のハミル統治者メンリ・テムルは宣徳元年(1426年)に亡くなった。即位したばかりの宣徳帝は先代君主トクトが元々「忠順王」であったこと、またトクトの息子のブダシリが成長していることを考慮し、ブダシリを哈密忠順王に封じることを通達した[1]。
しかし、宣徳3年(1428年)にはブダシリがまだ幼いという理由から、明朝は使者を派遣してメンリ・テムルの息子のトゴン・テムルを「忠義王」に任じた[2]。これ以後、ハミルには「忠順王」と「忠義王」が並び立つこととなる[3]。
その後もブダシリは定期的に明朝への朝貢を続けていたが、正統4年(1439年)に亡くなった。ブダシリの死後、忠順王位は息子のハリール・スルタンに引き継がれた[4]。