ブライアン・シュリッター

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生年月日 (1985-12-21) 1985年12月21日(39歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
235 lb =約106.6 kg
ブライアン・シュリッター
Brian Schlitter
シカゴ・カブス時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州クック郡オークパーク
生年月日 (1985-12-21) 1985年12月21日(39歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 MLBドラフト16巡目
初出場 MLB / 2010年6月28日
NPB / 2017年4月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブライアン・パトリック・シュリッターBrian Patrick Schlitter, 1985年12月21日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州クック郡オークパーク出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入り前

2005年MLBドラフト34巡目(全体1033位)でロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムから指名されたが、チャールストン大学英語版へ編入した。

プロ入りとフィリーズ傘下時代

2007年MLBドラフト16巡目(全体503位)でフィラデルフィア・フィリーズから指名され、6月9日に契約。この年は傘下のA-級ウィリアムズポート・クロスカッターズ英語版で1試合に登板後、A級レイクウッド・ブルークロウズへ昇格。16試合に登板して0勝1敗3セーブ、防御率3.80、21奪三振を記録した。

2008年はA+級クリアウォーター・スレッシャーズでプレーし、34試合に登板して4勝3敗6セーブ、防御率2.22、58奪三振を記録した。

カブス時代

2008年8月7日にスコット・エアーとのトレードで、シカゴ・カブスへ移籍[1]。傘下のA+級デイトナ・カブスでプレーし、7試合に登板して0勝1敗3セーブ、防御率2.16、9奪三振を記録した。

2009年はAA級テネシー・スモーキーズでプレーし、59試合に登板して1勝7敗22セーブ、防御率4.38、51奪三振を記録した。

2010年はAAA級アイオワ・カブスで開幕を迎え、6月26日にカブスとメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[2]。7月7日に右肩の故障で離脱し、23日に復帰。8月3日にAAA級アイオワへ降格した[3]。この年メジャーでは7試合に登板して0勝1敗、防御率12.38、7奪三振を記録した。

2011年1月6日にウェイバー公示を経てニューヨーク・ヤンキースへ移籍[4]。2月14日にDFAとなり[5]、翌15日にウェイバー公示を経てフィリーズへ移籍[6]。3月30日に右前腕の故障で15日間の故障者リスト入りした[7]。4月18日にMLB機構が右腕の故障を理由として、カブスへ復帰させた。5月24日に60日間の故障者リストへ異動し[8]、シーズンを全休した。9月29日にDFAとなり[9]、10月4日にAAA級アイオワへ降格した。

2012年はA+級デイトナとAA級テネシーでプレー。AA級テネシーでは29試合に登板し、3勝4敗6セーブ、防御率3.00、44奪三振を記録した。

2013年はまずAA級テネシーでプレーし、16試合に登板して0勝2敗2セーブ、防御率0.83、13奪三振を記録した。5月にAAA級アイオワへ昇格。38試合に登板して1勝4敗20セーブ、防御率3.24、45奪三振を記録した。

2014年3月30日にカブスとメジャー契約を結び、開幕ロースター入りした[10]。この年は4年ぶりにメジャーに復帰し、メジャー初勝利も挙げた。61試合に登板して2勝3敗、防御率4.15、31奪三振を記録した。

2015年は10試合に登板したが、1勝2敗、防御率7.36と振るわず、8月27日にフェルナンド・ロドニーの加入に伴い、DFAとなった[11]。AAA級アイオワでは45試合の登板で、2勝3敗、防御率1.61、奪三振を記録した。

ロッキーズ傘下時代

2015年11月24日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結んだ[12]

2016年は傘下のAAA級アルバカーキ・アイソトープスでプレーし、36試合に登板して1勝2敗8セーブ、防御率3.64、43奪三振を記録した。オフの10月31日に放出された[13]

西武時代

2016年11月10日に埼玉西武ライオンズと契約したことを発表[14]、背番号は「47」。

2017年は主に牧田和久と共に抑えの増田達至へつなぐ重要な中継ぎ役として32ホールドを挙げ、シーズン中、63回2/3を投げ、被本塁打は1本のみという結果を残し、チームをクライマックスシリーズ進出に導いたが、レギュラーシーズン終盤と同シリーズ第1ステージの東北楽天ゴールデンイーグルス戦では勝負所での不安定感が露わとなった。オフの11月1日に、球団から翌年の契約を結ばないことが発表された[15]

ドジャース傘下時代

2018年2月18日にスプリングトレーニングに招待される形で、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結んだ。傘下のAAA級オクラホマシティ・ドジャースでプレーし、58試合に登板して7勝2敗21セーブ、防御率3.36、46奪三振を記録した。オフの11月2日にFAとなった。

アスレチックス時代

2018年11月16日にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ。

2019年は開幕を傘下のAAA級ラスベガス・アビエイターズで迎えた。6月23日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[16]。7月29日にDFAとなり[17]、31日にマイナー契約でAAA級ラスベガスへ配属された。9月30日にFAとなったが、オフの11月7日に再びアスレチックスとマイナー契約を結び、2020年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[18]

マリナーズ傘下時代

2021年5月26日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ[19]。シーズンオフの11月7日にFAとなった。

メキシカンリーグ時代

2022年5月4日にメキシカンリーグオアハカ・ウォーリアーズと契約した[20]。13試合に登板して、3勝2敗、防御率8.49の成績を残したが、6月7日に自由契約となった[18]

独立リーグ時代

2022年6月15日にアメリカン・アソシエーションシカゴ・ドッグス英語版と契約を結んだ。

第二次・メキシカンリーグ時代

2024年4月11日、メキシカンリーグのチワワ・ゴールデンズと契約するも、7月5日に解雇された[21]

第二次・独立リーグ時代

その後、シカゴ・ドッグスと再契約するも、同年限りで退団した[22]

投球スタイル

主にリリーバーとして起用され、オーバースローから、最速96.9 mph(約156 km/h)・平均93 mph(約150km/h)の2種類の速球(主にツーシームフォーシーム)を中心に、平均84 mph(約135km/h)の縦のスライダー、稀に87 mph(約140 km/h)前後のチェンジアップも使用する。2014年以降のゴロ割合が60%程度と高く、ツーシームでゴロを量産するグラウンドボールピッチャー[23]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2010 CHC 700000100.000488.0182511700111112.382.88
2014 61000023012.40024256.15821942310029264.151.37
2015 1000001200.333357.162200400667.361.91
2017 西武 64000015032.16726963.25812910231122202.831.37
2019 OAK 600000000----419.2120400610443.721.66
MLB:4年 84000036012.33336681.110063053481050475.201.60
NPB:1年 64000015032.16726963.25812910231122202.831.37
  • 2021年度シーズン終了時

記録

NPB

背番号

  • 51(2010年)
  • 63(2014年 - 2015年)
  • 47(2017年)
  • 54(2019年)
  • 60(2022年)

脚注

関連項目

外部リンク

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