ブルースカイ ブルー
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前作「炎」に続き、阿久悠(作詞)と馬飼野康二(作曲)のコンビによる作品[5]。大地の香りがするような壮大なバラードとなっており、同時期に数多くリリースされた都会的なセンスのバラードとは明らかに一線を画している[6]。
歌詞の内容は人妻との禁断の愛と別れを描いたもので、西城は当時23歳であり、「『今は分からないだろうけど、大人になったとき、きっとこの詞の意味がわかるよ』といって書いてくださったのが『ブルースカイ ブルー』でした」と、阿久悠が死去した際にコメントしている[7]。
オリコンでは最高位3位を記録、100位内に21週ランクインし29.3万枚のセールスとなった[3]。TBS系『ザ・ベストテン』では14週もランクインするロング・ヒットとなり、1978年年間ベストテンの第9位に輝いた[4]。
第20回日本レコード大賞では金賞を獲得し大賞にノミネートされたほか、FNS歌謡祭'78最優秀歌唱賞、日本歌謡大賞放送音楽賞などを受賞した[2]。
『第29回NHK紅白歌合戦』では、同年に日中平和友好条約が結ばれたことに因んで、白が基調の男性版チャイナドレスを着用して歌唱した。
2000年の『第51回NHK紅白歌合戦』では、22年ぶりに紅白で披露された。
エピソード
- 西城の死去後、オリコン週間デジタルシングルランキングで西城の曲が急上昇したが、最高位は「ブルースカイ ブルー」の8位だった。また音楽配信サイト「iTunes」のシングルランキングでもTOP100中、西城の曲が6曲ランクインしたが、同様に「ブルースカイ ブルー」が最高位で16位を記録した[8]。
- 西城の葬儀・告別式では、出棺の際に「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」などとともに流された[9]。
- 西城の死去から約3ヶ月後のNHK『思い出のメロディー』では特集が組まれ、西城が使用していた白いマイクスタンドがステージに置かれ、その隣で野口五郎が西城の音源と共演するという演出で「ブルースカイ ブルー」を披露した[10]。野口はブログで「僕が歌っている時、隣に秀樹を感じていました」と語っている[11]。
- 2020年放送の歌謡ポップスチャンネル「ファンが選んだ西城秀樹の人気曲ベスト20」では第3位に選出された[12]。
- 2025年、韓国のオーディション番組『現役歌王』の日本版『現役歌王JAPAN』(BS日テレ)に西城の長男の木本慎之介が出場し、ファイナルステージで父の『ブルースカイ ブルー』を歌唱し「日本代表TOP7」に選抜された[13]。