ブレイク・パーカー

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生年月日 (1985-06-19) 1985年6月19日(40歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
225 lb =約102.1 kg
ブレイク・パーカー
Blake Parker
セントルイス・カージナルス (マイナー)
ニューヨーク・ヤンキース時代
(2016年9月8日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アーカンソー州ワシントン郡フェイエットビル
生年月日 (1985-06-19) 1985年6月19日(40歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト16巡目
初出場 2012年5月17日
年俸 $1,800,000 (2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

リチャード・ブレイク・パーカーRichard Blake Parker, 1985年6月19日 - )は、アメリカ合衆国アーカンソー州ワシントン郡フェイエットビル出身のプロ野球選手投手)。右投右打。愛称はB-イージー[2]

プロ入りとカブス時代

2006年MLBドラフト16巡目(全体479位)でシカゴ・カブスから捕手として指名され、6月10日に契約。ルーキー級アリゾナリーグ・カブスで39試合に出場。捕手のほかに一塁手や三塁手としてもプレーし、打率.262、2本塁打、18打点を記録した。8月にA級ピオリア・チーフスへ昇格し、9試合に出場した。

2007年から投手に転向。まずルーキー級アリゾナリーグでプレーし、11試合に登板して1勝0敗2セーブ、防御率1.80、14奪三振を記録した。8月にA-級ボイシ・ホークスへ昇格。8試合に登板して1勝0敗、防御率3.18、10奪三振を記録した。

2008年はまずA級ピオリアでプレーし、23試合に登板して3勝0敗3セーブ、防御率1.33、51奪三振と好投。6月にAAA級アイオワ・カブスへ昇格。2試合に登板したが、防御率6.00と結果を残せず、7月にA+級デイトナ・カブスへ降格した。A+級デイトナでは20試合に登板して1勝2敗9セーブ、防御率3.38、21奪三振を記録した。

2009年はまずAA級テネシー・スモーキーズでプレーし、10試合に登板して0勝0敗3セーブ、防御率1.46、19奪三振を記録した。5月にAAA級アイオワへ昇格。45試合に登板して2勝3敗22セーブ、防御率3.00、58奪三振を記録した。オフの11月20日にカブスとメジャー契約を結び[3]40人枠入りした。

2010年3月19日にAAA級アイオワへ異動した。AAA級アイオワでは35試合に登板して1勝4敗2セーブ、防御率4.74、42奪三振を記録した。5月にAA級テネシーへ降格。13試合に登板して0勝1敗5セーブ、防御率2.65、25奪三振を記録した。オフの10月14日に40人枠を外れ、AAA級アイオワへ配属された。

2011年はまずAA級テネシーでプレーし、16試合に登板して1勝2敗3セーブ、防御率4.12、20奪三振を記録した。5月にAAA級アイオワへ昇格。37試合に登板して3勝3敗4セーブ、防御率2.81、60奪三振を記録した。

2012年はAAA級アイオワで開幕を迎え、5月17日にカブスとメジャー契約を結んだ[4]。同日のフィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビュー。7回表から登板し、123回を投げ2安打3失点(自責点0)だった[5]。4試合に登板していたが、6月6日に右肘の故障で60日間の故障者リスト入りした[6]。8月28日に復帰し[7]、3試合に登板したが、9月7日に再び右肘の故障で60日間の故障者リスト入りした[8]。オフの10月26日に故障者リストから外れたが、同日に40人枠を外れ、AAA級アイオワへ降格した[9]。11月28日にカブスとマイナー契約で再契約した。

2013年はAAA級アイオワで開幕を迎え、16試合に登板して0勝1敗7セーブ、防御率2.04、26奪三振を記録した。6月1日にラファエル・ドリスが故障者リスト入りしたため、再びカブスとメジャー契約を結んだ[10]。その後はリリーフに定着し、49試合に登板して1勝2敗1セーブ、防御率2.72、55奪三振を記録した。

2014年3月22日にAAA級アイオワへ異動し、そのまま開幕を迎えた。4月13日にメジャーへ昇格[11]。2試合に登板したが、いずれの試合も失点するなど結果を残せず、4月24日にAAA級アイオワへ降格[12]。5月27日にウェズリー・ライトが父親産休リスト入りしたため、メジャーへ昇格[13]。1試合に登板したが、29日にライトが復帰したため、AAA級アイオワへ降格した。7月6日に再昇格[14]。2試合に登板したが、7月11日にダーウィン・バーニーが父親産休リストから復帰したため、AAA級アイオワへ降格[15]。7月26日に再昇格し[16]、2試合に登板したが、30日にAAA級アイオワへ降格した[17]。8月1日にフェリックス・ドゥブロンが加入したが、同日に故障者リスト入りしたためメジャーへ昇格[18]。2試合に登板したが、8月2日のロサンゼルス・ドジャース戦で延長12回にハンリー・ラミレスから3点本塁打を打たれ、サヨナラ負けを喫したため、5日にAAA級アイオワへ降格した[19]。8月21日に再昇格した[20]が、翌22日にAAA級アイオワへ降格した。9月1日にセプテンバー・コールアップで再昇格し、シーズンを終えた。

2015年5月6日に自由契約となり、15日にマイナー契約で再契約。AAA級アイオワに配属され、そのままシーズンを終了した。オフの11月6日にFAとなった。

マリナーズ時代

2015年12月17日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、2016年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[21]

2016年の開幕は傘下のAAA級タコマ・レイニアーズで迎え、8月4日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした。同日のボストン・レッドソックス戦で1回を無失点に抑えたものの登板はこの1試合にとどまり、8月6日にDFAとなった[22]

ヤンキース時代

2016年8月9日にウェイバー公示を経てニューヨーク・ヤンキースへ移籍した[22]。ヤンキース加入後は16試合にリリーフ登板して1勝と1セーブを挙げたが、防御率4.96・WHIP1.47という数字が示すように投球内容はイマイチだった。マリナーズでの1試合を加えると、防御率4.67・WHIP1.50という成績だった。

エンゼルス時代

2016年10月5日、ウェイバー公示を経てロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した。11月18日にDFAとなり、23日にウェイバー公示を経てミルウォーキー・ブルワーズ[23]、12月23日にウェイバー公示を経て再びエンゼルスへ移籍した。

2017年1月19日にDFA、24日にマイナー契約で傘下のAAA級ソルトレイク・ビーズへ配属された[22]。4月2日にメジャー契約を結んで開幕ロースター入りした[24]。同年はリリーフの中心としてチームトップの71試合に投げ、3勝3敗8セーブ、防御率2.54と自己最高の成績を挙げた。

2018年は67試合に登板し、防御率は3.26と前年から下がったが、クローザーとしての起用が増え、14セーブを記録した。オフの11月30日にFAとなった。

ツインズ時代

2019年1月14日にミネソタ・ツインズと1年180万ドル(130試合アクティブ・ロースターに登録されれば50万ドル、140試合で40万ドル、150試合、160試合でそれぞれ25万ドルの出来高)で契約を結んだ[25]。7月24日にDFAとなり[26]、27日にマイナー契約で傘下のAAA級ロチェスター・レッドウイングスへ配属された後、29日にFAとなった[22]

フィリーズ時代

2019年7月30日にフィリーズとメジャー契約を結んだ[27]。オフの11月4日にFAとなったが、2020年2月5日にマイナー契約で再契約した[22]

2020年8月11日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[28]。オフの10月30日にマイナー契約となった後、同日中にFAとなった[29]

インディアンス時代

2021年2月16日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[30]。シーズン開幕後、6月5日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[31]。この年メジャーでは47試合に登板して2勝1敗、防御率3.09、37奪三振を記録した。オフの11月3日にFAとなった[22]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 CHC 700000000----326.0103510600746.002.50
2013 4900001217.33319546.13941512552017142.721.17
2014 1800001101.5009121.0243400241013125.141.33
2016 SEA 100000000----51.010100000000.002.00
NYY 16000010101.0007416.11618121500994.961.47
'16計 17000010101.0007917.11719121500994.671.50
2017 LAA 71000033815.50025467.14071601864020192.540.83
2018 67000021146.66727666.163121913708024243.261.24
2019 MIN 37000012109.33315736.13471602344018174.211.38
PHI 2320002104.6679825.0196601310014145.041.00
'19計 602000331013.50025561.153132203654032314.551.22
2020 14100030011.0006916.01229202500752.811.31
2021 CLE 4700002104.66718543.24351402371015153.091.31
MLB:9年 350300016113447.5931436345.1301501136133832001441333.471.20
  • 2021年度シーズン終了時

背番号

  • 55(2012年 - 同年途中)
  • 50(2012年途中 - 2014年)
  • 53(2016年 - 同年途中、2017年 - 2018年、2019年8月1日 - 2021年)
  • 47(2016年途中 - 同年終了)
  • 38(2019年 - 同年7月23日)

脚注

関連項目

外部リンク

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