プリウスのティモン

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プリウスのティモン

プリウスのティモン[1]プレイウスのティモン[2][3]ティーモーン[4]古希: Τίμων ὁ Φλιάσιος : Timon of Phlius前320年ごろ - 前230年ごろ[2][4])は、古代ギリシアヘレニズム期哲学者詩人ピュロン派ピュロンの弟子。

ペロポネソス半島東北部の都市プリウス英語版(プレイウス)出身[4]。当初は舞台のダンサーだったが、嫌気が差して哲学に転向した[2][5]メガラスティルポンに師事した後、エリスピュロンに師事[1]カルケドンソフィストとして活動した後、アテナイに定住[1][4]。約90歳で没した[1]

アンティゴノス2世プトレマイオス2世[1][4]ソロイのアラトスと交流した[1]

隻眼であり「キュクロプス」を自称した[1][4][5]、酒豪だった[1][4]、などの逸話が伝わる。ピュロンが隠逸的だったのに対し、ティモンは世俗的だった[1][5]

著作

脚注

外部リンク

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