ホーマー・ブッシュ
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引退後、ニューヨーク・ヤンキースのオールドタイマーズデーにて (2010年7月17日) | |
| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | イリノイ州イーストセントルイス |
| 生年月日 | 1972年11月12日(52歳) |
| 身長 体重 |
5' 10" =約177.8 cm 180 lb =約81.6 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 二塁手、遊撃手 |
| プロ入り | 1991年 MLBドラフト7巡目 |
| 初出場 | 1997年8月16日 |
| 最終出場 | 2004年6月8日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ホーマー・ジャイルズ・ブッシュ(Homer Giles Bush, 1972年11月12日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州イーストセントルイス出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。
息子は同じくプロ野球選手(外野手)のホーマー・ブッシュ・ジュニアであり、親子二代でサンディエゴ・パドレスからドラフト指名されている[1]。
高校時代、野球と並行してアメリカンフットボールもプレーし、ワイドレシーバーとして活躍。卒業後はミズーリ大学に進学予定だったが、1991年のMLBドラフト7巡目(全体185位)でサンディエゴ・パドレスから指名され、プロ入りの道を選んだ。マイナー時代は、1993年にA級ウォータールー・ダイヤモンズでミッドウエストリーグ最多の152安打を放つなど切れ味鋭い攻守で台頭した。
1997年は開幕からAAA級ラスベガス・スターズで活躍していた。4月22日にルーベン・リベラ、ラファエル・メディーナとのトレードで、伊良部秀輝(前年までの千葉ロッテマリーンズ所属時よりMLB移籍を熱望しており、オフに日米間トレードでパドレスへ移籍していた。詳しくは伊良部メジャーリーグ移籍騒動も参照。)と共にニューヨーク・ヤンキースへ移籍した。この年の8月にメジャーデビューすると、翌1998年には45試合の出場ながら打率.380と素質の高さを披露し、パドレスとのワールドシリーズでも出場機会を与えられた[2]。
1999年2月18日にロジャー・クレメンスとのトレードで、デビッド・ウェルズ、グレアム・ロイドと共にトロント・ブルージェイズへ移籍した。ブルージェイズでは1995年にロベルト・アロマーが去って以来不在だった二塁手のレギュラーに定着し[3]、規定打席にも到達して打率.320を記録した。
2000年以降は怪我に泣くことが増え、2005年に引退した。
引退後はメリルリンチ勤務でのフィナンシャルアナリスト、パドレス傘下(当時)A-級ユージーン・エメラルズの打撃コーチ、テキサス・レンジャーズの少年野球事業ディレクターを歴任した。
2022年はMLBドラフトリーグに所属するマホーニングバレー・スクラッパーズの監督を務めた。
2023年には独立リーグであるアトランティックリーグに所属するスタテンアイランド・フェリーホークスの監督に就任し[4]、2年間務めた。
詳細情報
背番号
- 38(1997年)
- 22(1998年)
- 18(1999年 - 2002年途中、2004年)
- 8(2002年途中 - 同年終了)