マイク・スタントン (左投手)
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | テキサス州ヒューストン |
| 生年月日 | 1967年6月2日(58歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 215 lb =約97.5 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1987年 MLBドラフト13巡目 |
| 初出場 | 1989年8月24日 |
| 最終出場 | 2007年9月30日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ウィリアム・マイケル(マイク)・スタントン(William Michael "Mike" Stanton, 1967年6月2日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン出身の元メジャーリーグ選手(投手)。
2007年終了時点でメジャー史上2位の登板記録保持者だった。
1987年のMLBドラフト13巡目(全体の323番目)でアトランタ・ブレーブスに指名され契約。1989年8月24日にメジャー初登板を果たした。当初はチームも本人も低迷していたが、1991年に74試合に登板して5勝5敗7セーブ、防御率2.88と好投。チームは前年の地区最下位から地区優勝を果たし、ワールドシリーズ進出を果たしたが、ミネソタ・ツインズに敗れる。翌1992年も65試合に登板。チームは2年連続のワールドシリーズ進出を果たすが、トロント・ブルージェイズに敗れた。1993年は通算最多セーブ記録保持者(当時)のジェフ・リアドンの放出でクローザーを務め、27セーブを挙げる。
その後も毎年コンスタントな活躍を見せ、ニューヨーク・ヤンキースでは1998年 - 2000年にかけて3年連続ワールドシリーズ制覇に貢献した。1999年に一度だけ先発登板している。2001年にはMLBオールスターゲーム出場を果たした。
2007年終了時点で史上2位の1178試合登板(1位はジェシー・オロスコの1251試合登板)を記録していたが、同年オフにミッチェル報告書に「スタントンが成長ホルモンを使用していた」という報告があった(本人は否定)。この影響もあってか、2008年開幕直前の3月28日に、所属していたシンシナティ・レッズの若返りの方針もあって解雇された。ミッチェル報告書の「目玉」でもあったバリー・ボンズやロジャー・クレメンス同様、他の球団との契約には至らなかった。
2009年にカブスのキャンプで共にマイナーからの招待選手として居合わせた田口壮曰く、スタントンが投手をやるようになったのは大学時代からだという。