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ポール・オニール (野球)

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生年月日 (1963-02-25) 1963年2月25日(62歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
200 lb =約90.7 kg
ポール・オニール
Paul O'Neill
2019年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オハイオ州コロンバス
生年月日 (1963-02-25) 1963年2月25日(62歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1981年 ドラフト4巡目
初出場 1985年9月3日
最終出場 2001年10月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ポール・アンドリュー・オニール(Paul Andrew O'Neill, 1963年2月25日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州コロンバス出身の元プロ野球選手。左投左打。ポジションは外野手。背番号は21。愛称は"ヒート・アンド・ソウル"("Heart and soul")、"ウォーリアー"("Warrior")。

プロ入りとレッズ時代

1981年のMLBドラフト4巡目(全体93位)でシンシナティ・レッズから指名され入団。

1985年9月3日にメジャーデビューを果たした。

1988年からレギュラーに定着した。

1990年はワールドシリーズ優勝に貢献した。

1991年は自己最多の28本塁打を記録した。しかし、長打を狙う傾向にあったため高打率は残せていなかった。

ヤンキース時代

ニューヨーク・ヤンキースでの現役時代
(1996年)

1993年にニューヨーク・ヤンキースに移籍。移籍後は無理に長打を狙わず打撃の確実性が増し、6年連続で打率3割以上を記録した。

1994年には打率.359で首位打者を獲得した。不動の3番打者として、4度のワールドシリーズ制覇に貢献、1990年代後半のヤンキース黄金時代を支えた。

2001年11月2日にワールドシリーズ限りで現役を引退することを表明した。

引退後

オニールのヤンキース在籍時の背番号「21」。
ニューヨーク・ヤンキースの永久欠番に2022年指定。
2011年、ヤンキースタジアムにて

引退後はYESネットワークで、主にヤンキース戦の解説者を務めている。2020年に起きた新型コロナウイルスの大流行においては、オハイオ州の自宅を改装して自らスタジオを作り、2年間はリモートで解説を行っていた。

2022年2月22日に背番号「21」がヤンキースの球団史上23人目となる永久欠番となることが発表された[1]。8月21日のブルージェイズとの「ポール・オニール・デー」で永久欠番表彰式が行われた。

人物

闘志を剥き出しにするプレースタイルで、凡退した時にはバットやヘルメットを叩きつけたり、審判に激しく抗議していた。それがヤンキースの選手に相応しくないと批判されたこともあったが、その熱い姿勢がファンから支持される要因ともなった[2]。

レッズ時代の1989年7月5日のフィラデルフィア・フィリーズ戦で右翼前を転がっていたボールを拾って送球せず、キックして一塁へ「送球」した。

ドラマーとしての一面も持ち、ヤンキース時代にバーニー・ウィリアムスやジョン・ウェッテランドとクラブハウスで演奏を披露したこともあったという。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1985 CIN 512121410051000000020.333.333.417.750
1986 3320000000000010010.000.333.000.333
1987 8417816024411417782821001810293.256.331.488.819
1988 14553348558122253162017386353852657.252.306.414.720
1989 117480428491182421519174205044682647.276.346.446.792
1990 1455645035913628016212781311155313210312.270.339.421.760
1991 15260753271136360282569112701731411078.256.346.481.827
1992 1485844965912219114185666336771528510.246.346.373.719
1993 NYY 141547498711553412025175240344526913.311.367.504.871
1994 1034433686813225121222835403721305616.359.460.6031.063
1995 1275434608213830422242961201171817625.300.387.526.913
1996 1506605468916535119259910108102847621.302.411.474.885
1997 14963755389179420212841171070975809216.324.399.514.913
1998 1526726029519140224307116151011572210322.317.372.510.882
1999 153675597701703941927411011901066128924.285.353.459.812
2000 142628566791602601824010014901151209017.283.336.424.760
2001 1375635107713633121234702230348425920.267.330.459.789
MLB:17年 20538329731810412105451212813441126914173790892107221166221.288.363.470.833
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1987 CIN 100000000----112.0214002003313.503.00
MLB:1年 100000000----112.0214002003313.503.00

年度別守備成績

投手守備
年
度
球
団
投手(P)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
1987 CIN 10000----
MLB 10000----
内野守備
年
度
球
団
一塁(1B)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
1987 CIN 2170021.000
1988 211738214.989
1996 NYY 10000
1997 210001.000
MLB 261918216.990
外野守備
年
度
球
団
左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
1985 CIN 231001.000--
1987 1430020.93810160001.0002227220.935
1988 -8180001.000114218540.982
1989 -480001.000115214741.982
1990 -100001412731320.993
1991 --1503021322.994
1992 --1432911212.997
1993 NYY 46653001.000-103164420.988
1994 12131001.000-90190610.995
1995 25291001.000-107190230.985
1996 --1462957031.000
1997 --146291750.983
1998 --1502951146.987
1999 --1512911083.974
2000 --140293523.993
2001 --130210140.981
MLB 99140620.98623420001.000184835441054420.988

タイトル

記録

背番号

脚注

関連項目

外部リンク

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