ボビー・パーネル

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生年月日 (1984-09-08) 1984年9月8日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
200 lb =約90.7 kg
ボビー・パーネル
Bobby Parnell
デトロイト・タイガース時代
(2016年3月6日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ノースカロライナ州ローワン郡ソールズベリー
生年月日 (1984-09-08) 1984年9月8日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 MLBドラフト9巡目(全体269位)でニューヨーク・メッツから指名
初出場 2008年9月15日 ワシントン・ナショナルズ
年俸 $47,141(2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ロバート・アレン・パーネルRobert Allen Parnell , 1984年9月8日 - )は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州ローワン郡ソールズベリー出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入りとメッツ時代

2005年MLBドラフト9巡目(全体269位)でニューヨーク・メッツから指名され、6月11日に契約。この年は傘下のA-級ブルックリン・サイクロンズでプロデビュー。15試合(先発14試合)に登板して2勝3敗・防御率1.73・67奪三振の成績を残した。

2006年はまずA級ヘイガーズタウン・サンズ英語版でプレーし、18試合に先発登板して5勝10敗・防御率4.04・84奪三振の成績を残した。8月にA+級セントルーシー・メッツへ昇格。3試合に先発登板して0勝1敗・防御率9.26・13奪三振の成績を残した。

2007年はまずA+級セントルーシーでプレーし、12試合に先発登板して3勝3敗・防御率3.25・62奪三振の成績を残した。6月にAA級ビンガムトン・メッツへ昇格。AA級ビンガムトンでは17試合に先発登板して5勝5敗・防御率4.77・74奪三振の成績を残した。

2008年はAA級ビンガムトンで開幕を迎え、24試合に先発登板。10勝6敗・防御率4.30・91奪三振の成績で、8月にAAA級ニューオーリンズ・ゼファーズへ昇格。AAA級ニューオーリンズでは5試合(先発4試合)に登板して2勝2敗・防御率6.64・23奪三振の成績を残した。9月1日にメッツとメジャー契約を結び[2]、9月15日のワシントン・ナショナルズ戦でメジャーデビュー。5点ビハインドの8回裏から登板し、1回を無安打無失点に抑えた[3]。この年メジャーではリリーフとして6試合に登板して防御率5.40・3奪三振の成績を残した。

2009年6月17日

2009年3月1日にメッツと1年契約に合意し、自身初の開幕ロースター入りを果たした。開幕後はリリーフとして定着。8月にジョン・ニースが故障で離脱したため、先発に転向した。転向後は8試合に登板したが、1勝5敗・防御率7.93と振るわず、9月にジョン・メインが故障から復帰したこともあり、リリーフに復帰した。この年は68試合(先発8試合)に登板して4勝8敗1セーブ・防御率5.36・74奪三振の成績を残した。

2010年3月10日にメッツと1年契約に合意。開幕前の4月3日にAAA級バッファロー・バイソンズ[4]へ配属され、そのまま開幕を迎えた。AAA級バッファローでは24試合に登板し、1勝1敗4セーブ・防御率4.14・42奪三振の成績を残した。6月20日にメジャーへ昇格[5]。8月18日のヒューストン・アストロズ戦では102.5mph(約165.0km/h)を計測。この時点ではMLBのシーズン最速だったが、2週間後にアロルディス・チャップマンが102.7mph(約165.3km/h)を計測し、最終的には2位となった[6]9月21日に右肘の故障で離脱し[7]、そのままシーズンを終えた。この年は41試合に登板して0勝1敗・防御率2.83・33奪三振の成績を残した。

2011年3月3日にメッツと1年契約に合意。開幕後は8試合に登板していたが、4月20日に右手中指の故障で15日間の故障者リスト入りした[8]。5月30日に復帰。6月29日のデトロイト・タイガース戦では、コメリカ・パークの場内スピードガンでの非公認記録ではあるが、103mph(約165.8km/h)を計測した[9]。この年は60試合に登板して4勝6敗6セーブ・防御率3.64・64奪三振の成績を残した。

2012年3月4日にメッツと1年契約に合意[10]。この年は自己最多の74試合に登板して5勝4敗7セーブ・防御率2.49・61奪三振の成績を残した。

2013年1月17日にメッツと170万ドルの1年契約に合意[11]。開幕前からクローザーのフランク・フランシスコが怪我で離脱したため、クローザーとして開幕を迎えた。開幕後は49試合に登板して5勝5敗22セーブ・防御率2.16・44奪三振の成績を残していたが、8月6日に首の故障で15日間の故障者リスト入りした[12]9月14日に60日間の故障者リストへ異動し、残りの試合を欠場した。

2014年1月17日にメッツと370万ドルの1年契約に合意[13]。開幕ロースター入りしたが、4月2日に右肘の故障で15日間の故障者リスト入りし[14]、4月8日にトミー・ジョン手術を行った[15]。5月14日に60日間の故障者リストへ異動し、そのままシーズンを終えた。この年は故障で1試合の登板にとどまった。

2015年1月7日にメッツと370万ドルの1年契約に合意した[16][17]。レギュラーシーズンでは30試合でマウンドに登ったが、2勝4敗・防御率6.38と調子が上がらずにシーズンを終えた。同年11月2日にFAとなった[18]

タイガース時代

2016年2月19日にタイガースとマイナー契約を結び、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加した[19]。3月28日にFAとなったが[20]、30日にマイナー契約で再契約した[21]。6月1日にワーウィック・サーポルトの15日間の故障者リスト入りに伴ってメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした[22]。8月18日にDFA[23]、21日に自由契約となった[19]

ロイヤルズ傘下時代

2016年12月12日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだと報じられ[24]2017年1月7日に正式契約し、同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[25]

開幕後は傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズでプレーしていたが、5月31日に自由契約となった[19]

ホワイトソックス傘下時代

2017年6月6日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結び、傘下のAAA級シャーロット・ナイツへ配属された[19]

投球スタイル

かつては94~100mph超のフォーシームツーシームと85~91mphのスライダーを主体とした投球だったが、2012年からは79~87mphのカーブ中心の投球に切り替えた。これによって同年のゴロ率(GB%)は、キャリアハイの61.5%を記録している。さらに翌2013年からは通常のカーブではなく、ナックルカーブを投げるようになり、2016年時点は速球とナックルカーブのみのスタイルとなった[26][27]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2008 NYM 600000000----195.030200310335.401.00
2009 68800048116.33341388.110184624746156525.301.66
2010 4100000109.00014935.0411820330013112.831.40
2011 60000046611.40026859.16042742648129243.641.47
2012 74000054718.55628868.26542021611024192.491.24
2013 49000055220.50019850.03811231441017122.161.00
2014 100000000----61.020100100119.003.00
2015 3000002415.33311224.03001710134020176.381.96
2016 DET 600000000----275.171510420446.752.25
MLB:9年 335800020283759.4171480336.2347191381582972321671433.821.44

背番号

  • 39(2008年 - 2015年)
  • 36(2016年)

脚注

関連項目

外部リンク

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