マスタング (路面電車車両)

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動態保存されている「マスタング」
(ヨーテボリ市電:M23形)
2012年撮影)

マスタング(Mustang)は、1940年代以降スウェーデン各地の路面電車路線に導入された電車の愛称。防振ゴムを挟んだ弾性車輪や布張りの座席、間接制御、流線形の車体など新機軸の要素を多数取り入れた車両を指し、愛称はスウェーデン空軍アメリカ合衆国から輸入した戦闘機J-26 "マスタング"」が由来となった[1]

1940年代から1950年代にかけて、アセアゼネラルモーターズヘグルンドスウェーデン語版といった、スウェーデンに工場を有していた企業によって生産された同国向けの路面電車車両の総称。1937年に製造されたヨーテボリ市電向けの試作車を基に開発・設計が実施された[2][3][1]

これらの車両は流線形の車体を有していた他、振動や騒音を防ぐため防振ゴムを間に挟んだ弾性車輪、低電圧の電気系統を導入した間接制御、1940年代の時点で出力の高い主電動機、車内から独立した位置に存在する運転台、電気や空気圧により自動で動く乗降扉、布張りの座席など、それまでのスウェーデン向け車両から大幅に近代化した内装や機器を有していた。形態は都市の需要によって異なり、大半の都市は大型のボギー車を導入したが、小型の2軸車を用いた都市も複数存在した[1][4]

その後、スウェーデンでは1967年対面通行を左側通行から右側通行へと変更する施策(ダゲン・H)が実行され、その影響で多くの都市で路面電車が廃止された事で各都市の「マスタング」も多くが営業運転を終了した。しかし一部の都市では右側通行への対応工事を行う事で以降も営業運転に用いられ、ヨーテボリ市電向け車両は1980年代まで、他都市に譲渡された車両も含めれば2000年まで使用された。その後も各都市の「マスタング」の一部が現存しており、動態保存されている車両も多い[2][1][4]

導入都市

ヨーテボリ

概要

M23形(15)(2009年撮影)

「マスタング」の中で最初に製造されたのは、ヨーテボリの路面電車であるヨーテボリ市電向けの車両(211 - 225)であった。片運転台式のボギー車で、車幅は2,500 mmと広く取られた一方、曲線走行時の車体のはみだしを防ぐため両端は狭まっていた。製造当初乗降扉は車体左側に前後2箇所設置されていたが、次項の改良型車両に合わせて1953年から1954年にかけて中間にも乗降扉が設けられた。また、製造当初ヨーテボリ市電の車両は形式による車両区分が存在しなかったが、1951年に「MB03形」と言う形式名が付けられた後、1959年に「M22形」に変更されている[2][3][5][1][6]

続けて1948年から1954年にかけて、改良型車両(ボギー車)の製造が実施された。中間扉の増設、台車の変更などの改良が実施されたこれらの車両は1948年から1952年にかけて2次に渡って導入された電動車(1 - 60)と、1948年から1954年まで3次に分けて製造が実施された付随車(401 - 470)、合計130両で構成されており、「ヴァンパイア(Vampir)」という愛称でも呼ばれていた。電動車は1951年に「MB04形」と言う形式名が与えられ、1959年に「M23形」に変更された一方、付随車は1951年に「SB25形」、1959年に「S27形」と言う形式名が付けられている[2][3][5][1][6]

これらの改良型電動車(MB04形→M23形)のうち、最後に製造された2両(59、60)は足踏みペダルを用いた速度制御や総括制御への対応機器を備えた試作車であった他、後述するイェヴレ市電スウェーデン語版から1956年に譲渡され、改良型電動車と同型車体へ改造された3両(61 - 63)についても同様の機器を有していた。これらの車両については1958年に弾性車輪を有する台車への交換やハンドルを用いた速度制御方式への変更といった改造を経てMB04形(→M23形)への編入工事を受けている[3][6][7]

その後、1967年の「ダゲン・H」に合わせ、存続が確定していたヨーテボリ市電の車両は対応が必要となった。M22形は改造費用などの兼ね合いから営業運転を終了した一方、M23形は全車両が扉の位置変更を始めとした右側通行への対応工事を受け、付随車のS27形も初期に製造された10両(401 - 410)を除いた60両が座席の向きや連結器の位置を変える事で右側通行に対応した。その後もM23形やS27形はヨーテボリで使用されたが、1970年代後半以降は後継車両の導入により運行本数が縮小していき、付随車のS27形は1978年までに営業運転を終了し、M27形についても1988年に引退した[5][8][6]

廃車後も複数の車両が各地に保存されており、ヨーテボリに加えて首都ストックホルムの保存路面電車であるユールゴー線スウェーデン語版で動態保存されている車両も存在する。一方、1970年代から1980年代まで一部車両がノルウェーの首都・オスロ路面電車オスロ市電)へ譲渡されたが、これらの車両は電動車両は1984年、付随車は2000年までに全車廃車されている[3][6]

主要諸元

主要諸元
形式名 車種 両数 車両番号 製造年 全長 全幅 重量 定員 出力 備考・参考
着席 立席 主電動機 車両
M22形 ボギー電動車
片方向型
15両 211 - 225 1943 - 44 13,370mm 2,500mm 17.0t 30人 75人 40kw 160kw 形式名は1959年以降のもの[2][3][4]
M23形 ボギー電動車
片方向型
60両 1 - 60 1948 - 52 13,080mm 2,500mm 16.0t 31人 74人 50kw 200kw 形式名は1959年以降のもの[2][3][4]
3両 61 - 63 1953 イェヴレ市電スウェーデン語版から1956年に譲受
形式名は1959年以降のもの[2][3][4]
S27形 ボギー付随車
片方向型
70両 401 - 470 1948 - 54 13,100mm 2,500mm 12.0t 38人 67人 形式名は1959年以降のもの[2][3][4]

イェヴレ

概要

ヨーテボリ市電譲渡後も現存する車両(63)(2024年撮影)

スウェーデンの都市・イェヴレに存在した路面電車(イェヴレ市電スウェーデン語版)では1940年代以降路線網の廃止が進められていたが、郊外路線であったボムフス線(Bomhuslinjen)は存続へ向けた模索が行われ、1953年にヨーテボリ市電の車両を基にした3両のボギー車(22 - 24)の導入が実施された。これらは車体の両側に乗降扉が存在する両運転台式車両で、足踏みペダルで速度制御や制動の操作が行われた[6][7][4]

しかし、最終的にボムフス線についても廃止が決定し、1956年をもってイェヴレ市電は全廃した。最後に導入されたこれらのボギー車については、前述の通りヨーテボリ市電への譲渡が実施された。営業運転終了後も2両(22、24→61、63)がヨーテボリ市電で動態保存されている。一方、引退後事業用車に改造されたもう1両(製造時の番号:23)については2007年にイェヴレ市に寄贈され、一時は保存場所が無かった都合でマルムショーピングに保管されていたが、2016年にイェヴレへの輸送が行われた。原型への復元を含めた整備を経て2019年を目途に動態保存運転を開始する予定であったが最終的に断念され、2018年に破棄された事が確認されている[3][7][9][10][11]

主要諸元

主要諸元
形式名 車種 両数 車両番号 製造年 全長 全幅 重量 定員 出力 備考・参考
着席 立席 主電動機 車両
ボギー電動車
両方向型
3両 22 - 24 1953 14,300mm 2,500mm 16.5t 36人 65人 62.5kw 250kw 廃止後はヨーテボリ市電へ譲渡[2][3][4]

ストックホルム

概要

A25形(420)
1962年撮影)

スウェーデンの首都・ストックホルムの路面電車(ストックホルム市電スウェーデン語版)には、以下の4形式の「マスタング」と呼ばれる車両群が導入された。全車とも左側通行に対応した片運転台(電動車)、片方向型のボギー車で、ヨーテボリ市電向け車両とは異なる車体デザインが採用された[7][12]

これらの車両は「ダゲン・H」に合わせた1967年にストックホルム市電の大部分が廃止されるまで使用された。以降は電動車2両(410、500)と付随車1両(992)が各地の博物館で保存されている[12]

主要諸元

主要諸元
形式名 車種 両数 車両番号 製造年 全長 全幅 重量 定員 出力 備考・参考
着席 立席 主電動機 車両
A25形 ボギー電動車
片方向型
70両 400 - 469 1945 - 46 14,200mm 2,350mm 16.9t 34人 70人 48kw 192kw [4]
A26形 ボギー電動車
片方向型
20両 470 - 489 1947 - 48 14,200mm 2,340mm 16.5t 34人 70人 48kw 192kw [4]
A27形 ボギー電動車
片方向型
11両 490 - 500 1951 - 52 15,260mm 2,340mm 13.6t 33人 70人 54kw 208kw [4]
B25形 ボギー付随車
片方向型
71両 939 - 999
1491 - 1499
1950 - 53 15,836mm 2,270mm 12.6t 33人 75人 [4]

マルメ

概要

G形(71)
1971年撮影)

かつてスウェーデンの都市・マルメに存在した路面電車(マルメ市電スウェーデン語版)には、1946年にストックホルム市電のA25形と同型車両となる、ゼネラルモーターズとアセア製の「マスタング」(ボギー車)が10両(70 - 79)導入され、当時輸送力の増強が課題となっていた最混雑系統の4号線で主に使用された。これらの車両は「G形」という形式名が与えられ、単行運転に加え後方に付随車を連結する運用が組まれた。その後、更なる輸送力増強を目的に1948年にストックホルム市電の同型車両(A25形、416)を購入し、「80」に車両番号を変更した上で使用した他[注釈 1]1959年には同型のボギー式付随車となる「T10形」が9両(190 - 198)製造された[12][4]

この4号線は「ダゲン・H」後も維持され、G形やT10形についても右側通行への対応工事が実施されたが、最終的に1973年に廃止された。以降もこれらの車両は他都市の路面電車への売却を考慮して車庫に保管されたが、購入先は現れず1977年から1980年にかけて多くの車両は解体された。ただし一部についてはストックホルムを含めた各地の博物館や保存路線に現存している[12][4]

主要諸元

主要諸元
形式名 車種 両数 車両番号 製造年 全長 全幅 重量 定員 出力 備考・参考
着席 立席 主電動機 車両
G形 ボギー電動車
片方向型
10両 70 - 79 1946 14,200mm 2,350mm 16.9t 34人 70人 48kw 192kw [4]
1両 80 1945 ストックホルム市電スウェーデン語版から1948年に譲受[4]
T10形 ボギー付随車
片方向型
9両 190 - 198 1959 14,390mm 2,200mm 12.6t 29人 83人 [4]

ヘルシンボリ

概要

F形(49)(1967年撮影)

ヘルシンボリに存在した路面電車(ヘルシンボリ市電スウェーデン語版)へ向けて1948年から1949年にかけて導入された「マスタング」は、1940年代初期にアセアが提案した小規模路線向けの2軸車であった。「F形」(41 - 55)と言う形式名を有していたこれらの片運転台式車両は[注釈 2]、運賃の支払い方法の兼ね合いにより乗降扉が車体前方の1箇所のみ存在した。路面電車路線は1967年の「ダゲン・H」に伴い同年をもって廃止されたが、以降も1両(43)が保存されている[13][4][14][15][16]

主要諸元

主要諸元
形式名 車種 両数 車両番号 製造年 全長 全幅 重量 定員 出力 備考・参考
着席 立席 主電動機 車両
F形 2軸電動車
片方向型
15両 41 - 55 194850 10,800mm 2,200mm 11.85t 26人 44人 55kw 110kw [4]

ノーショーピング

概要

ノーショーピングの路面電車(ノーショーピング市電)には、以下の2種類の2軸電動車が導入され、「ダゲン・H」に伴う右側通行に対応した車両への置き換えが実施された1967年9月まで営業運転に使用された。その後も一部車両が事業用車として残存し、2025年現在もこれらの車両が博物館で保存されている[13][4][14]

  • M48形(39 - 45) - 1948年に製造された形式。ヘルシンボリ市電のF形と同型の片運転台式車体を有していた一方、乗降扉は前後2箇所に存在した。
  • M51形(46 - 63) - 1951年製の形式。乗降扉は車体前方と中央の2箇所に設置されていた。

主要諸元

主要諸元
形式名 車種 両数 車両番号 製造年 全長 全幅 重量 定員 出力 備考・参考
着席 立席 主電動機 車両
M48形 2軸電動車
片方向型
7両 39 - 45 1948 10,800mm 2,200mm 11.85t 24人 44人 55kw 110kw [4]
M51形 2軸電動車
片方向型
18両 46 - 63 1951 11,480mm 2,200mm 11.85t 21人 44人 55kw 110kw [4]

関連形式

脚注

参考資料

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