ノーショーピング市電
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| ノーショーピング市電 | |
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| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | ノーショーピング |
| 種類 | 路面電車 |
| 路線網 | 2系統(2025年時点)[1] |
| 開業 | 1904年(路面電車)[1] |
| 所有者 | ノーショーピング市[1] |
| 運営者 | トランスデブ[2] |
| 路線諸元 | |
| 軌間 | 1,435 mm[3] |
| 電化区間 | 全区間[4] |
| 電化方式 |
直流750 V (架空電車線方式)[4] |
ノーショーピング市電(スウェーデン語: Norrköpings spårväg)は、スウェーデンの都市であるノーショーピングの路面電車。スウェーデン国内の路面電車のうち、第二次世界大戦前から営業運転を続ける路線の1つであり、1904年に営業運転を開始した。2025年現在はノーショーピング市が路線を所有し、運営はトランスデブによって行われている[1][5]。
ノーショーピング市内に軌道交通を建設する動きが最初に検討されたのは1898年で、エシルストゥーナ出身の実業家により、3路線の馬車鉄道と運営権の申請が実施された。しかし、求めた運営期間が50年と長期であったことが理由となり、ノーショーピング市議会に却下された。それ以降も市議会には様々な企業から申請が相次ぎ、最終的に1902年にドイツのAEGが申請した電化路線(路面電車)の建設に関する申請が受理された。そして建設を経て、1904年3月10日に最初の区間が開通した[1][3]。
その後、同年に延伸が行われ、ノーショーピング市内を一周する環状線が完成し、1906年にも新規路線が開通した。しかし、これらの路線の収益は赤字であった事から、1909年にAEGの運営権が失効したのを受けてノーショーピング市が路線の運営権や発電所の買収を実施した。以降はノーショーピング各地への延伸が積極的に実施された一方、1912年から1914年にかけて実施された複線化や1926年の路線網再編といった利便性の向上への施策も行われた[1][3][6]。
- 開通初期のノーショーピング市電
- 1940年代前半のノーショーピング市電(1940年撮影)
第二次世界大戦後のスウェーデン各地の路面電車は、モータリーゼーションの進展に加えて、1967年に実施された対面交通の左側通行から右側通行への切り替え措置(ダゲン・H)の影響を受け、ほとんどの地域で廃止に追い込まれた。ノーショーピングの路面電車についても、一部支線や環状系統(1号線)の廃止といった事態が起きたものの、「ダゲン・H」に合わせた右側通行対応の新型車両の導入などによって廃止を逃れた。その後は継続的な路線網の拡大が行われており、2000年代でも2006年から2011年にかけて一部区間の代替を含めた2号線の延伸が実施されている他、2025年時点でも複数の新規路線の検討が実施されている。また、2012年には架線電圧の昇圧(600 V→750 V)が行われている他、車両についても1990年代以降他都市からの譲受を含めた近代化が継続的に進められている[1][4]。
系統
車両
現有車両
- M97形 - ドイツのデュースブルク(デュースブルク市電)へ向けて1966年から1967年にかけて製造された連節車(デュワグカー)のうち、ノーショーピング市電へ譲渡後の1990年代後半に前面デザインの変更や中間への低床車体の挿入といった改造工事を受けた3車体連接車。2025年時点で8両が在籍する[1][4]。
- M06形 - ボンバルディア・トランスポーテーション(現:アルストム)が展開した超低床電車「フレキシティ・クラシック」。両運転台式の3車体連接車で2006年から導入が開始され、2025年時点で22両が在籍する。そのうち9両はストックホルムの路面電車(ライトレール)である市内線(Spårväg City)へ貸し出された経歴を持つ[1][4][9]。
- その他 - デュースブルク市電からの譲渡車のうち、2車体連接車(M94形)の1両(71)については改造前の車体を保っており、団体用車両として活用されている[4]。
過去の車両
ノーショーピング市電で過去に使用されていた車両の一部はスウェーデン路面電車協会(Svenska Spårvägssällskapet)によって動態保存されている他、同団体はノーショーピング市と共同で路面電車博物館(Spårvägsmuseet)の運営も実施している[10]。