マッチョウノ

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欧字表記 Macho Uno[1][2]
性別 [1][2]
マッチョウノ
欧字表記 Macho Uno[1][2]
品種 サラブレッド[2]
性別 [1][2]
毛色 芦毛[1][2]
生誕 1998年4月24日[1]
死没 2024年8月30日(26歳没)
Holy Bull[1]
Primal Force[1]
母の父 Blushing Groom[1]
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ケンタッキー州[1][2]
生産者 アデナスプリングズ[1]
馬主 Stronach Stables[1]
調教師 ジョセフ・オルセノ(アメリカ)[1]
競走成績
タイトル エクリプス賞最優秀2歳牡馬(2000年)[1]
生涯成績 14戦6勝[1][2]
獲得賞金 185万1803ドル[1]
勝ち鞍
G1BCジュベナイル2000年
G1グレイブリーダーズCS2000年
G3マサチューセッツH2002年
G3ペンシルベニアダービー2001年
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マッチョウノMacho Uno1998年4月24日 - 2024年8月30日[2]とはアメリカ合衆国競走馬種牡馬。主な勝ち鞍に2000年ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルグレイブリーダーズカップステークス英語版など。2000年のアメリカ最優秀2歳牡馬に選出された。

  • 特記事項なき場合、本節の出典はEQIBASE[1]

2000年7月26日、サラトガ競馬場でのメイドン競走でデビューし、1着。2戦目のホープフルステークスで1着同着となったヨナグスカとシティージップに続く3着に入った後ウッドバイン競馬場に遠征し、グレイブリーダーズカップステークスでG1競走を初めて制する。ブリーダーズカップ・ジュヴェナイルポイントギヴンをハナ差退けて勝利し、2歳時はメイドン競走とG1競走2勝で4戦3勝、エクリプス賞最優秀2歳牡馬に選ばれた[3]

3歳となった2001年は体調が整わずアメリカクラシック三冠も不出走を余儀なくされ[4]、夏に復帰するプランが立てられる[5]。7月サラトガ競馬場のアローワンス競走で復帰して2着とすると、続くペンシルベニアダービーを勝ってオハイオダービー英語版3着を挟みブリーダーズカップ・クラシックに出走し、ティズナウの4着に入った。

4歳を迎えた2002年、3月ガルフストリームパーク競馬場のアローワンス競走から始動して1着となり、続くマサチューセッツハンデキャップ英語版を勝って重賞4勝目とする。続く3戦はサバーバンハンデキャップ3着、ホイットニーハンデキャップ4着、G2競走のワシントンパークハンデキャップ英語版5着と勝てない競馬が続き、2年連続出走のブリーダーズカップ・クラシックもヴォルポニの5着に終わる。2003年もあくまで現役を続け、ジョゼフ・オルセノ厩舎からボビー・フランケル厩舎に移って夏から始動する予定であったが、最終的には脚部不安の影響ですべて白紙にされた上で、9月に引退した[6]

競走成績

出走日競馬場競走名頭数人気着順騎手距離馬場状態タイム着差1着(2着)馬出典
2000.7.26サラトガメイドン7頭1人1着E. プラードD5.5F1.04.482 3/4身(Devil's Domain)[Race 1]
9.2サラトガホープフルステークスG111頭5人3着E. プラードD7FクビYonaguska
City Zip[注釈 1]
[Race 2]
10. 9ウッドバイングレイブリーダーズカップSG14頭1人1着J. ベイリーD8.5F1.44.13ハナ(Indygo Shiner)[Race 3]
11. 4チャーチルダウンズブリーダーズカップ・ジュヴェナイルG114頭4人1着J. ベイリーD8.5F1.42.05ハナPoint Given[Race 4]
2001. 7.25サラトガメイドン7頭1人2着J. ベイリーD7FハナWicked Will[Race 5]
9. 3フィラデルフィアペンシルベニアダービーG36頭1人1着G. スティーブンスD9F1.49.691 1/2身(Unbridled Elaine)[Race 6]
9.29シッスルダウンオハイオダービーG26頭1人3着G. スティーヴンスD9F3/4身Western Pride[Race 7]
10.27ベルモントパークブリーダーズカップ・クラシックG113頭8人4着G. スティーヴンスD10F4 1/2身Tiznow[Race 8]
2002. 3.23ガルフストリームアローワンス8頭1人1着R. ダグラスD8F70Y1.41.01 1/2身(Hail the Chief)[Race 9]
6. 1サフォークダウンズマサチューセッツHG29頭2人1着G. スティーヴンスD9F1.50.521 3/4身Evening Attire[Race 10]
7. 6ベルモントパークサバーバンHG27頭1人3着G. スティーヴンスD10F1 3/4身E Dubai[Race 11]
8. 3サラトガホイットニーHG16頭4人4着P. デイD9F2 3/4身Left Bank[Race 12]
9.29アーリントンパークワシントンパークHG25頭1人5着G. スティーヴンスD9.5F6身Tenpis[Race 13]
10.26アーリントンパークブリーダーズカップ・クラシックG112頭8人5着G. スティーヴンスD10F10身Volponi[Race 14]

引退後

引退後はアデナスプリングス種牡馬となり、供用当初はフロリダ州の牧場で繋養され[6]、後にケンタッキーに移動[7]2009年マッチョアゲイン英語版スティーブンフォスターハンデキャップに優勝して産駒G1初勝利を挙げ、2013年には自身が二度挑んで敗れているブリーダーズカップ・クラシックをムーチョマッチョマンが優勝するなどコンスタントに活躍馬を送り出していた。

2024年8月30日、フロリダ州の牧場アデナスプリングス・サウスで、合併症のため安楽死措置が取られた[8]

主な産駒

G1勝ち馬のみ。

血統表

注釈・出典

外部リンク

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