ムーチョマッチョマン

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現役期間 2010年 - 2014年
欧字表記 Mucho Macho Man
性別
ムーチョマッチョマン
2013年BCクラシックのムーチョマッチョマン
現役期間 2010年 - 2014年
欧字表記 Mucho Macho Man
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2008年6月15日(18歳)[1]
マッチョウノ
Ponche De Leona
母の父 Ponche
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産者 John D. Rio & Carole A. Rio[1]
馬主 Dream Team One Racing Stable
Reeves Thoroughbred Racing
Stronach Stables[1]
調教師 Katherine Ritvo[1]
競走成績
生涯成績 25戦9勝[1]
獲得賞金 562万5410ドル[1]
勝ち鞍
GIブリーダーズカップ・クラシック2013年
GIオーサムアゲインステークス2013年
GIIリズンスターステークス2011年
GIIサバーバンハンデキャップ2012年
GIIガルフストリームパークハンデキャップ2012年
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: Mucho Macho Man、2008年6月15日[1]-)アメリカ合衆国の元競走馬種牡馬2013年ブリーダーズカップクラシックに優勝した。馬名は父マッチョウノからの連想とヴィレッジ・ピープルの楽曲「マッチョ・マン」からで[2]、「mucho」は英語の「many」「much」に相当するスペイン語[3]

誕生からデビューまで

各レースの出典については#競走成績を参照。

ムーチョマッチョマンの生産牧場はフロリダ州オカラ近郊にあるローズグローヴファームである。同牧場はジョンとキャロルのリオ夫妻が経営する、敷地面積は40エーカー・繁殖牝馬は4頭だけという小さな牧場[4]で4頭のうちの1頭がムーチョマッチョマンの母ポンチェデレオナである。

ポンチェデレオナは現役時代は30戦8勝。アノアキアステークスに勝利している[5]。その後、アデナスプリングスで繁殖入りしたがマッチョウノの仔を受胎した状態で3万3千ドルでリオ夫妻に購入された[6]

そうして2008年の出産シーズンを迎えたが予定日を過ぎても中々産まれなかった。予定日から3週間以上経った6月15日父の日に産まれたが、産まれた後も微動だにせず死産かと思われた。キャロルたちの心臓マッサージにより数分後に息を吹き返し、その後は健康体となった[4]。牧場時代、キャロルたちは心停止状態から蘇ったこの馬のことをキリストの友人でキリストに復活された人物にちなんでラザロと呼んでいた[7]

遅生まれで死産寸前という出生にも拘らずその後はすくすくと育ち体高17ハンド(約173cm)という大柄な馬になった[8]。ドリームチームレーシングの代表ジム・カルバーに購入され[9]、ウィリアム・P・ホワイト調教師に預けられることとなる。

2歳

デビュー戦は7月のコールダー競馬場での未勝利戦(ダート6ハロン)となった。ルイス・アランゴを鞍上に4番人気で挑んだがグルメディナーの2着に敗れた。このレースの後にディーン・リーヴスと妻のパティ・リーヴスのリーヴス・サラブレッド・レーシングがこの馬の所有権の50%を買い取ってドリームチームレーシングとの共同所有となり、同時にティモシー・リトヴォ調教師に管理が移された。この売買の際に元々リーヴス夫妻は勝ったグルメディナーの方を購入する予定だったが、「2着の馬の方が良く見える」といってムーチョマッチョマンの方を購入したということである[10]

その後8月の未勝利戦(ダート7ハロン)に3着した後、3戦目の9月の未勝利戦(ダート8ハロン70ヤード)でエイバー・コア英語版を鞍上に4馬身差で快勝し、初勝利を挙げた。なおこのレースの後で管理調教師がティモシーから妻のキャサリン・リトヴォ英語版へと移された[11]

キャサリンは兄と父を共に心臓の病で失っており[12]、自身も重い心臓病で入院することとなった。幸いにして彼女は2008年に心臓移植を受けることが出来てこの頃は毎日薬を飲む必要はあったものの調教師の仕事が問題なくできるまでになっていた。産まれた時に心臓が止まっていたムーチョマッチョマンをキャサリンは自分と重ね合わせ、強い思い入れを持っていた[13]

4戦目は重賞初挑戦となる11月のG2ナシュアステークス英語版(ダート8ハロン)。このレースはデイビッド・コーエンが騎乗。前走未勝利戦を8馬身差で圧勝してきたトゥーオナーアンドサーブが断然の1番人気。ムーチョマッチョマンは5頭立ての3番人気で挑んだ。レースはトゥーオナーアンドサーブが最初から快調に逃げを打ち、ムーチョマッチョマンは向正面で2番手に上がってトゥーオナーアンドサーブを追撃するものの直線で更に差を広げられて4馬身差の2着に終わった。

5戦目は鞍上をコアに戻して11月末のG2レムゼンステークス英語版(ダート9ハロン)。このレースでは再びトゥーオナーアンドサーブが断然1番人気。ムーチョマッチョマンは5頭立ての最低人気で出走となった。レースはトゥーオナーアンドサーブが逃げ、ムーチョマッチョマンは2番手で追走するものの追いつけず2馬身差の2着となった。

2歳時は5戦1勝で終わる。

3歳

年明け1月末のG3ホーリーブルステークス英語版(ダート8ハロン)から始動。1番人気で臨んだものの勝ったダイアルドイン英語版から4馬身、3着グルメディナーからも3馬身離された4着に敗れた。

次走は2月のG2リズンスターステークス英語版(ダート8.5ハロン)、ラジブ・マラージ英語版に乗り替わった。スタートから2番手に付け、向正面で先頭に立ち、そのまま押し切って1番人気のサンティヴァに1と半馬身差を付けて重賞初勝利を挙げた。

更に3月のG2ルイジアナダービー英語版(ダート9ハロン)に挑む。前走勝ちが評価されて1番人気になったものの上手く前に出られず、直線でようやく2番手に上がって逃げるパンツオンファイア英語版を追いかけたが、右前脚の落鉄(蹄鉄が外れること)を起こしており[14]、これも影響して後ろから来たネーロにも差されて3着に終わる。

そして本番のケンタッキーダービーを迎える。この年のケンタッキーダービーはホーリーブルステークスの後にフロリダダービーにも勝ったダイアルドインが1番人気、パンツオンファイアが2番人気、ネーロが3番人気とかなりの混戦であった。ムーチョマッチョマンは10.3倍[注釈 1]の4番人気で大一番に臨む。レースは12番人気のシャックルフォード英語版が逃げを打ち、ムーチョマッチョマンは7・8番手で道中を進む。4番手で直線に入り、じわじわと追い込んでシャックルフォードはかわしたものの先に抜け出していたアニマルキングダムとネーロには追いつけず3着に終わった。(レース動画

プリークネスステークスではアニマルキングダム・ダイアルドインに次ぐ6.2倍の3番人気に支持される。レースは道中7から9番手で進むもののまたしてもレース中に落鉄を起こしてしまい[14]、直線では全く伸びを欠いて勝ったシャックルフォードから7馬身差の6着に終わる。

三冠ラストのベルモントステークスに鞍上をラモン・ドミンゲス英語版に代えて9.2倍の5番人気に挑んだ。所が最低人気で隣の11枠にいたイズントヒーパーフェクトがスタート直後にいきなり斜行してムーチョマッチョマンに激突。この衝撃でムーチョマッチョマンも反対の9枠にいたアニマルキングダムに激突[15]。このアクシデントに加え、当日が大の苦手[16]の不良馬場だったことから終始精彩を欠いて、1着のルーラーオンアイス英語版から24馬身差の7着と惨敗した。アニマルキングダムはムーチョマッチョマンの前15馬身差での6着。イズントヒーパーフェクトは最下位で騎手のマラージは一週間の騎乗停止処分を受けた[15][17]

このマラージの騎乗についてアニマルキングダムの騎手ジョン・ヴェラスケスはマラージがムーチョマッチョマンから降ろされた腹いせにわざとやったと主張したが、マラージは当然ながら否定した[15]

ベルモントステークス後、呼吸器系の手術を受けるために長期休養に入る[18]。11月に復帰、オプショナルクレーミングで勝利して3歳シーズンを終える。3歳時は7戦2勝であった。

またこの年の春、大手工業製品メーカーの3M社が本馬のスポンサーになることを表明[19]し耳目を集めた。

4歳

4歳シーズンは1月末のサンシャインミリオンズクラシックステークスから始動。このレースはフロリダ州産馬限定レースで格付けこそ低いが1着24万ドル[注釈 2]と並のG1より賞金が高い[注釈 3]ため中々のメンツが揃った。

ジェロームステークス勝ちのアディオスチャーリーが1番人気、次いでムーチョマッチョマンが2番人気、後にユナイテッドネイションズステークスを勝つターボコンプレッサーが3番人気、後にサンタアニタハンデキャップジョッキークラブ金杯などを勝つロンザグリークが4番人気だった。レースはムーチョマッチョマンが2番手で進み、直線に入って逃げるターボコンプレッサーをかわして先頭に立ち、追い込んできたロンザグリークを1と1/2馬身抑え込んで勝利した。

次走は3月のG2ガルフストリームパークハンデキャップ英語版(ダート8ハロン)。1番人気に押され、スタートで少しもたついたものの三角で先頭に立ち、そのまま2着のタックルベリーに2馬身差をつけて優勝。

更に5月のG2アリシーバステークス英語版(ダート8.5ハロン)に出走。このレースにはのちにBCクラシックで激突するフォートラーンド英語版が参戦していた。123ポンドのトップハンデながらムーチョマッチョマンが1番人気、重賞2連勝中のネイティズマインシャフトが2番人気、ファイエットステークス英語版などの勝ち馬サクセスフルダンが3番人気、フォートラーンドが4番人気だった。レースでは4番手で進め、直線に3番手で入って先頭のフォートラーンドを追いかけるが逆に差は開き、勝ったサクセスフルダンから7馬身差の3着に完敗した。


騎手をドミンゲスからマイク・スミスに代えて挑んだのが7月のG2サバーバンハンデキャップ。前走の完敗から評価を落としてムーチョマッチョマンは4番人気。1番人気は2歳時のレムゼンステークス以来の対戦となるトゥーオナーアンドサーブ、トラヴァーズステークスの勝ち馬ステイサースティが2番人気、ドンハンデキャップ勝ちのヒムブックが3番人気だった。レースではスタートから2番手につけ、直線で逃げるトリックマイスターをかわしてそのまま押し切って勝利。

秋になり、BCクラシックへの足掛かりとして9月のG1ウッドワードステークスを選んだ。1.8倍で1番人気となり、2番人気トゥーオナーアンドサーブとの再戦となった。道中3番手で進むトゥーオナーアンドサーブと4番手で進むムーチョマッチョマン。直線に入り先に抜け出したトゥーオナーアンドサーブに競りかけていくが、トゥーオナーアンドサーブが粘りを見せて抜かせずクビ差で敗れた。

そして迎えた大一番、ブリーダーズカップ・クラシック。断然の1番人気に押されたのがハリウッド金杯オーサムアゲインステークスなどここまでG1競走4勝のゲームオンデュード、離れての2番人気にジョッキークラブ金杯連覇のフラットアウト、ムーチョマッチョマンは7.3倍で3番人気、フォートラーンドが4番人気だった。

レースはフォートラーンドが最初から逃げを打ち、ムーチョマッチョマンは2番手で追走。3番手にゲームオンデュードの形でレースは進む。直線に入った所でフォートラーンドとムーチョマッチョマンが完全に抜け出して2頭の競り合いになる。必死で追うムーチョマッチョマンだが、フォートラーンドが粘り、1/2馬身差の2着に敗れる[20]

このレースを持って4歳シーズンを終えた。4歳時は6戦3勝であった。

5歳

5歳シーズンも前年と同じくサンシャインミリオンズクラシックから始動。前年2着のロンザグリークが出走していたが当然の1番人気に押される。しかし当日は大の苦手の不良馬場。3番手で進み、三角で2番手まで上がったもののその後はズルズルと後退。結局スミス騎手の判断で競走を中止した(レースはロンザグリークが優勝)。

このレースの後に去年と同じくガルフストリームパークハンデに向かう予定だったがウイルス性の疾患にかかっていることが判明し、メリーランド州にあるフェアヒルトレーニングセンターで治療生活に入る[21]

復帰戦は6月のクリミナルタイプステークスになった。このレースから騎手をエドガー・プラードに代えて5頭立ての1番人気で臨んだ。ヒムブックが2番人気、フィリップ・H・アイズリンステークス英語版勝ち馬のサンパブロが3番人気だった。道中2番手で進み3コーナーで先頭に立つものの直線でサンパブロとヒムブックに差されて3着に終わった。

次走は8月のG1ホイットニーハンデキャップ。このレースにはかなりレベルの高いメンバーが揃っており、フォートラーンドが1番人気、前走メトロポリタンハンデキャップに2着してきた上がり馬クロストラフィックが2番人気、サクセスフルダンが3番人気、ロンザグリークが4番人気。ムーチョマッチョマンは9.5倍の6番人気だった。レースはクロストラフィックが快調に逃げ、フォートラーンドがそれに続く。ムーチョマッチョマンは3番手で進み、直線でフォートラーンドをかわして2番手に上がるがクロストラフィックには追いつけず、外から来たサクセスフルダンにも差されて3着になった。

その後去年と同じウッドワードステークスに登録していたが当日に不良馬場になったため回避[22]

ウッドワードステークスを回避した後、陣営はムーチョマッチョマンのためのチームを組んでブリーダーズカップが開催されるサンタアニタパーク競馬場へ乗り込んだ。たたき台として9月のオーサムアゲインステークスに出走。このレースからゲイリー・スティーブンスに乗り替わり、2.6倍の1番人気で挑む。前年のベルモントステークス2着馬でハスケルインビテーショナルハンデキャップ勝ちのペインター (競走馬)英語版が2番人気で、レースでは道中5番手で進み、速い仕掛けから直線で先頭に立つと後続との差を広げていきペインターに4と1/4馬身差をつけて快勝。ようやくのG1初勝利となった。

2013BCクラシック 内側がムーチョマッチョマン

そして本番のBCクラシック。前年BCクラシック敗北後からG1競走3勝を含む6連勝中と絶好調のゲームオンデュードが1番人気、ムーチョマッチョマンが5倍で2番人気。欧州から参戦してきたクイーンアンステークスインターナショナルステークスの勝ち馬デクラレーションオブウォーが3番人気、この年のベルモントステークス勝ち馬パレスマリスが4番人気、この年のトラヴァーズステークス勝ちのウィルテイクチャージが5番人気。前年優勝のフォートラーンドは6番人気だった。

レースはゲームオンデュードが逃げ、10番人気のモレノとフォートラーンドがそれに続く。途中からモレノが脱落してムーチョマッチョマンが先頭グループに入り、ムーチョマッチョマン・フォートラーンド・ゲームオンデュードの三頭並んで4コーナーに入る。まずゲームオンデュードが脱落、更にフォートラーンドも競り落としてムーチョマッチョマンが先頭に立つ。そのままゴールに逃げ込もうとするところにデクラレーションオブウォーとウィルテイクチャージが追い込んできたが、ウィルテイクチャージをハナ差抑えてムーチョマッチョマンの勝利[23]。ついにムーチョマッチョマンは米国ダートの頂点に立った。

映像外部リンク
2013年 BCクラシック
レース映像 ブリーダーズカップ・公式YouTubeチャンネルによる動画

キャサリン・リトヴォ調教師にとって、更に女性調教師として初のBCクラシック優勝となった[24]。また鞍上ゲイリー・スティーブンスはほとんどの大レースを勝っていたがBCクラシックは15回目の挑戦にしてこれが初勝利となった[25]

5歳時5戦2勝で、この年のエクリプス賞年度代表馬・最優秀古馬は共にブリーダーズカップ・マイル連覇のワイズダンが獲得して[26]ムーチョマッチョマンは無冠に終わったが、この年のワールド・ベスト・レースホース・ランキングではレーティング125を獲得してダート部門では一位になっている[27]。またファンによって選ばれるセクレタリアト民衆の声賞英語版を受賞[28]、更にこの年に最も印象に残ったレースとしてBCクラシックが選ばれモーメントオブザイヤー英語版を受賞した[29]

6歳

BCクラシック連覇を目指して6歳シーズンも現役を続行[30]。三度サンシャインミリオンズクラシックからの始動となった。特に相手になるような馬もおらず当然の1番人気で良馬場にも恵まれ、14馬身差のぶっちぎりで勝利。

ドバイワールドカップ参戦の話もあったが、3月のサンタアニタハンデを選択[31]。ゲームオンデュードやウィルテイクチャージとの再戦となったが2.2倍の1番人気。しかしこのレースでは勝ったゲームオンデュードから10馬身以上付けられての4着と完敗。

その後はフロリダに帰って復帰のために調教を積んでいたが、その動きが思わしくなく、更に脚首の打撲が見つかった[32]。結局7月15日に現役引退が発表され、父マッチョウノやフォートラーンドがいるアデナスプリングスのケンタッキー牧場で種牡馬入りすることが発表された[33]

ムーチョマッチョマンの活躍を記念してそれまでガルフストリームパークダービーの名前で行われていたレースが2015年からムーチョマッチョマンステークスと改称された[34]

競走成績

出走日競馬場競走名人気着順騎手距離馬場状態タイム着差1着(2着)馬日出典
2010年7月17日カルダー未勝利4人2着R・アランゴD6F1身Gourmet Dinner[Race 1]
2010年8月21日サラトガ未勝利2人3着G・ゴメスD7F1 3/4身Curlinello[Race 2]
2010年9月19日モンマスパーク未勝利1人1着E・コアD8F70Y1:42.844身(Bellamy's Boss)[Race 3]
2010年11月6日アケダクトナシュアSG23人2着D.コーエンD8F4身To Honor and Serve[Race 4]
2010年11月27日アケダクトレムゼンSG25人2着E.コアD9F2身To Honor and Serve[Race 5]
2011年1月30日ガルフストリームホーリーブルSG31人4着E.コアD8F4 1/2身Dialed In[Race 6]
2011年2月19日フェアグラウンズリズンスターSG23人1着R.マラージD8.5F1:43.981 1/2身(Santiva)[Race 7]
2011年3月26日フェアグラウンズルイジアナダービーG21人3着R.マラージD9F3/4身Pants On Fire[Race 8]
2011年5月7日チャーチルダウンズケンタッキーダービーG14人3着R.マラージD10F3身Animal Kingdom[Race 9]
2011年5月21日ピムリコプリークネスSG13人6着R.マラージD9.5F7 1/2身Shackleford[Race 10]
2011年6月11日ベルモントパークベルモントSG15人7着R.ドミンゲスD12F不良24 1/4身Ruler on Ice[Race 11]
2011年11月9日アケダクトオプショナルクレーミング2人1着R.ドミンゲスD8F1:34.725 3/4身(Gallant Fields)[Race 12]
2012年1月28日ガルフストリームサンシャインミリオンズクラシック2人1着R.ドミンゲスD9F1:47.911 1/2身(Ron the Greek)[Race 13]
2012年3月10日ガルフストリームガルフストリームパークHG21人1着R.ドミンゲスD8F1:35.502身(Tackleberry)[Race 14]
2012年5月4日チャーチルダウンズアリシーバSG21人3着R.ドミンゲスD8.5F7身Successful Dan[Race 15]
2012年7月7日ベルモントパークサバーバンHG24人1着M.スミスD9F1:46.582 1/2身(Hymn Book)[Race 16]
2012年9月1日サラトガウッドワードSG11人2着M.スミスD9FクビTo Honor and Serve[Race 17]
2012年11月3日サンタアニタBCクラシックG13人2着M.スミスD10F1/2身Fort Larned[Race 18]
2013年1月19日ガルフストリームサンシャインミリオンズクラシック1人中止M.スミスD9F不良競走中止Ron the Greek[Race 19]
2013年6月14日ベルモントパーククリミナルタイプS1人3着E.プラードD8.5F稍重4 1/4身San Pablo[Race 20]
2013年8月3日サラトガホイットニーHG16人3着E.プラードD9F2 1/4身Cross Traffic[Race 21]
2013年9月28日サンタアニタオーサムアゲインSG11人1着G・スティーヴンスD9F1:48.304 1/4身(Paynter)[Race 22]
2013年11月2日サンタアニタBCクラシックG12人1着G・スティーヴンスD10F2:00.72ハナ(Will Take Charge)[Race 23]
2014年1月18日ガルフストリームサンシャインミリオンズクラシック1人1着G・スティーヴンスD9F1:48.7614身(Joshua's Comprise)[Race 24]
2014年3月8日サンタアニタサンタアニタHG11人4着G・スティーヴンスD10F10 1/2身Game On Dude[Race 25]

種牡馬時代

2015年からケンタッキー州アデナスプリングズにて、種牡馬生活を開始。初年度の種付け料は1万5千ドル[35]。種付け数は99[36]、72[37]、35頭[38]と推移。

2018年から産駒がデビューし、4月26日にMucho Amorが未勝利戦で勝利。産駒初出走で初勝利となった[39]。11月17日のボブホープステークス英語版(G3)でMucho Gustoが勝利[40]。産駒のグレードレース初勝利となった。

2020年Mucho Gustoペガサスワールドカップに優勝。産駒のG1初勝利となった[41]

2022年から2023年ヒルンデールファームにて、種付料7,500ドルで種牡馬生活を送った。

2024年からカナダのオンタリオ州アデナスプリングズノースにて、種付料4,500カナダドル[42]で種牡馬生活を送っている。

代表産駒

血統表

注釈・出典

外部リンク

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