マリーナ・ピカソ

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生誕 (1950-11-14) 1950年11月14日(74歳)
フランスの旗 フランス カンヌ
別名 Marina Ruiz Picasso
職業 人道活動家
マリーナ・ピカソ
Marina Picasso
Marina Picasso, humanitarian
生誕 (1950-11-14) 1950年11月14日(74歳)
フランスの旗 フランス カンヌ
国籍 フランスの旗 フランス
別名 Marina Ruiz Picasso
職業 人道活動家
著名な実績 マリーナ・ピカソ財団創設者
ピカソの遺産を売却し、子供への慈善活動に資金を提供
代表作 ベトナム・トゥドゥック市に孤児院を設立
親戚
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マリーナ・ピカソ(Marina Picasso、1950年11月14日 - )は、フランスの人道活動家であり、パブロ・ピカソの孫である。祖父の遺産の5分の1を相続し、その大半を、困窮する子供たちのための人道支援活動に充てている。

マリーナ・ピカソは、1950年11月14日にカンヌにおいて父パウロ・ピカソと母エミリアンフランス語版の間に生まれた。父パウロは、パブロ・ピカソとその最初の妻オルガ・コクローヴァとの間の唯一の子供である。同母兄に、1949年5月5日に生まれたパブリートフランス語版がいる[1]

父パウロは祖父パブロの運転手などの雑用をしており、妻や子供たちと一緒に過ごす時間はほとんどなかった。1953年、マリーナが3歳のときに両親は離婚した。パウロはクリスティーヌ・ポープランと再婚し、マリーナの異母弟に当たるベルナールが生まれた[2]

母エミリアンは離婚後も働くことはなく、元夫からの援助に頼っていた[3]。そのパウロも定職に就いてなかったため、莫大な財産を持つ祖父が近くに住んでいながら、マリーナは精神的・経済的に苦労しながら育った[4]。マリーナは自伝の中で、両親ともアルコールを濫用していたと書いている[5]。1957年、マリーナが7歳のとき、祖父パブロは、マリーナとパブリートが生活する環境が健康と道徳を損ねているとして、孫2人の親権を求めて提訴した[6]。この裁判でパブロは敗訴し、親権は認められなかったものの、裁判所はソーシャルワーカーによる定期的な訪問を命じた[7]。その後パブロは、私立学校の学費を支払うことで、孫たちの生活に深く関わるようになった。しかし、弁護士を通じて学費のみを負担していたため、マリーナは本や文房具の入手に苦労し、修学旅行にも行けず、まともな服を着ることもできなかった[8]。幼少期にマリーナがパブロの家を訪れる機会は稀だったが、年齢の近い親族で構成される"la bande"(仲間)の一員として過ごした時間は忘れられないものとなった[9]。パブロは親族を闘牛に連れて行くのを楽しんでいた[10]

マリーナは大学で医学を学びたかったが、自力での学費の負担ができず、祖父パブロは弁護士の助言によりマリーナの学費の支援を拒否した[11]。マリーナは大学進学を諦め、精神障害や学習障害のある子供のための施設で働き始めた[12]

ピカソの死と相続

1973年4月8日、パブロ・ピカソは南仏ムージャンで死去した。パブロの2人目の妻ジャクリーヌは、マリーナやパブリートを含む、パブロの子供や孫たちの葬儀への参列を拒否した。パブリートはこれに深く傷つき、漂白剤を飲んで自殺を図り、3か月間苦しんだ後に7月2日に死亡した[13]。パブロが莫大な遺産を残したにもかかわらず、近親者はパブリートの葬儀費用を賄えず、友人からの寄付で埋葬費用が賄われた[14]。また、父パウロも1975年に病死した。

パブロが遺言を残さなかったため、存命の遺族(後妻ジャクリーヌ、非嫡出の子供のマヤクロードパロマ、嫡流の孫のマリーナ、ベルナール)の間で争いが生じた[15]。裁判所による整理の結果、マリーナはパブロの遺産の5分の1(2割)を相続することとなり、1万点以上の美術品と、カンヌにあるパブロの邸宅ヴィラ・ラ・カリフォルニー英語版がマリーナのものとなった[16][17]

人道支援活動

マリーナは、膨大なピカソ作品のコレクションを少しずつ売却し、人道支援活動の資金に充ててきた[18]。当初は、パブロとも付き合いのあった画商ヤン・クルーギエ英語版を通じて作品の売却を行っていた。クルーギエが2008年に死去した後は、サザビーズを通じて売却しようとしたが、結果に満足できなかった。2013年以降は、代理人を通さず自ら売却を行っている[19]

1990年、自ら設立した慈善団体、マリーナ・ピカソ財団を通じて[20][21]ベトナムトゥドゥック市の軍事基地跡に孤児院を設立した[22]。マリーナ・ピカソ財団はベトナムにおいて、井戸掘削の資金援助、孤児院への食糧支援、病院の医療機器の購入支援、農業への補助金、奨学金などの人道支援活動を行っている[23][24]。マリーナは、ベトナム、スイス、フランス、アフリカ諸国など、世界各地の様々な慈善団体に寄付を行っている[25]

マリーナは、「孤児や苦しむ青少年の世話をし、愛情で包むことが、私の人生の継続的な目標でした」と述べている[26][27]

私生活

著書

脚注

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