マンハイム形 (マンハイム市電)
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| マンハイム形(マンハイム市電) | |
|---|---|
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マンハイム形(452)(1991年撮影) | |
| 基本情報 | |
| 製造所 | デュッセルドルフ車両製造(→デュワグ) |
| 製造年 | 1969年 - 1971年 |
| 製造数 | 20両(451 - 470) |
| 運用開始 | 1970年 |
| 運用終了 | 2003年(マンハイム市電) |
| 投入先 |
マンハイム市電、ルートヴィヒスハーフェン市電 ゲルリッツ市電、ザグレブ市電、オシエク市電、ヘルシンキ市電(譲渡先) |
| 主要諸元 | |
| 編成 | 2車体連接車、片運転台 |
| 軸配置 | B'2'B' |
| 軌間 | 1,000 mm |
| 電気方式 |
直流750 V (架空電車線方式) |
| 設計最高速度 | 75 km/h |
| 車両定員 | 164人(着席52人) |
| 車両重量 | 21.0 t |
| 全長 | 19,100 mm |
| 全幅 | 2,200 mm |
| 全高 | 3,200 mm |
| 床面高さ | 890 mm |
| 固定軸距 | 1,800 mm |
| 台車中心間距離 | 6,000 mm |
| 主電動機 | BBC製 |
| 主電動機出力 | 120 kW |
| 出力 | 240 kW |
| 制動装置 | 発電ブレーキ、ディスクブレーキ、電磁吸着ブレーキ、スプリングブレーキ |
| 備考 | 主要数値は[1][2][3][4]に基づく。 |
この項目では、西ドイツ(現:ドイツ)の鉄道車両メーカーであったデュッセルドルフ車両製造(→デュワグ)が開発・生産した路面電車車両であるマンハイム形(Typ Mannheim)のうち、マンハイムの路面電車であるマンハイム市電に導入された車両について解説する。この車両はマンハイム形の中で最初に生産されたものであり、従来の路面電車車両から窓の大型化、空調装置の改良など様々な新機軸の要素を取り入れた事で知られている[1][2]。
西ドイツ(現:ドイツ)のマンハイム市電には、1958年以降、長年使用されていた2軸車の置き換えを目的に、デュッセルドルフ車両製造(→デュワグ)製の連節車(デュワグカー)の導入が進められていた。そして、最後に残された2軸車の置き換えにあたり、従来のデュワグカーよりも近代化した車両を同社や電機機器メーカーのブラウン・ボベリに発注した。これが、「マンハイム形」と呼ばれる車両である[1][5][3]。
前後に動力台車、連節部分に付随台車を備えた片運転台式の2車体連接車で、前方の車体にパンタグラフを備えていた。車体は全溶接式の軽量鋼で作られ、台枠、側壁、天井のフレームはねじり剛性の高いものが用いられており衝突時の安全性を高めた。車体の窓は、展望性を向上させるため前方、側面共に従来の車両(デュワグカー)から大型化し、屋根の端部にまで達する大きさとなった。また、車体右側に設置されている乗降扉の窓についても、利用客や鉄道会社職員の視認性の向上を目的に大型化し、下方向へ広がった。前方の行先表示装置もデュワグカーから変更し、行先表示と系統番号の表示が一体化したものが用いられた。車内の座席配置はクロスシートを基本としており、自動車との競争を視野に居住性の向上を図った。前照灯については製造当初前面下部の中央に2基が設置されていたが、後年に全面下部の左右に1基ずつ設置される形へ改められた[1][6][7][8]。
また、このマンハイム市電向けのマンハイム形は、西ドイツの路面電車として初めて冷房装置が搭載され、屋根上から吸い込まれた外気が屋根上に設置された蒸発器を通して冷却・湿気の放出が行われ、車内の冷房に用いられた。その一方、床下に設置された抵抗器の熱を利用した暖房システムも搭載されており、温度管理は2基の電子制御装置によって行われた[1][9][10][11]。
一方、制御方式についてはデュワグカーを踏襲しており、傘歯車を用いた直角カルダン駆動方式が採用された他、加速19段、減速18段の多段制御装置が導入されていた。主電動機はブラウン・ボベリ製の120 kWのものが、動力台車に1基ずつ配置されていた[12][13]。