ミラン・メリンド

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本名 ミラン・メリンド
通称 El Metodico
Method Man
身長 157cm
ミラン・メリンド
基本情報
本名 ミラン・メリンド
通称 El Metodico
Method Man
階級 ライトフライ級
身長 157cm
リーチ 162cm
国籍 フィリピンの旗 フィリピン
誕生日 (1988-02-29) 1988年2月29日(37歳)
出身地 カガヤン・デ・オロ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 41
勝ち 37
KO勝ち 13
敗け 5
引き分け 0
無効試合 0
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ミラン・メリンドMilan Melindo1988年2月29日 - )は、フィリピンプロボクサーカガヤン・デ・オロ出身。元IBF世界ライトフライ級王者

2005年9月17日、マンダウエでデビュー戦を行い、4回判定勝ちを収めた。

2007年10月6日、WBO世界ミニマム級10位のヌアパヤック・サックリリーンとWBOアジア太平洋同級王座決定戦を行い、4回2分58秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。

2007年12月2日、ジャック・アミサとWBOアジア太平洋ミニマム級タイトルマッチを行い、12回3-0(118-109、117-110×2)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2008年7月26日、セブ市にあるセブ・コロシアムでカルロス・メロとWBAインターコンチネンタルライトフライ級王座決定戦を行い、12回3-0(2者が117-111、116-112)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。

2008年10月30日、ジュマ・フンデイとWBOアジア太平洋ミニマム級タイトルマッチを行い、3回1分20秒TKO勝ちを収め2度目の防衛に成功した。

2009年3月14日、ウォーターフロント・セブシティ・ホテル&カジノで元IBF世界ミニマム級王者ムハンマド・ラクマンと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。

2009年10月3日、WBO世界ミニマム級6位のホセ・グアダルーペ・マルティネスとミニマム級10回戦を行い、10回3-0(2者が97-93、96-94)の判定勝ちを収めた。

2010年1月14日、アンソニー・ビヤレアルとWBCインターコンチネンタルユースフライ級王座決定戦を行い、初回にダウンを奪うと、最後までペースを失わず3-0の判定勝ちで王座獲得に成功した。

2010年4月23日、ドバイのザ・ロッジ内チ・ガーデンでコムリット・3KバッテリーとWBCインターコンチネンタルユースフライ級タイトルマッチを行い、4回TKO勝ちを収め初防衛に成功した。

2010年11月27日、元IBF世界ライトフライ級王者カルロス・タマラと対戦し、10回3-0(98-92×2、97-93)の判定勝ちを収めた。

2011年9月10日、ウォーターフロント・セブシティ・ホテル&カジノでフランシスコ・ロサスとWBOインターコンチネンタルフライ級王座決定戦を行い、ロサスの10回終了時棄権により王座獲得に成功した。

2012年1月28日、ウォーターフロント・セブシティ・ホテル&カジノでフアン・エスクエルとWBOインターコンチネンタルフライ級タイトルマッチを行い、7回2分16秒TKO勝ちを収め初防衛に成功した。

2012年6月2日、パサイのリゾーツ・ワールド・ホテルで元WBO世界ライトフライ級王者ヘスス・ゲレスとWBOインターナショナルフライ級王座決定戦を行う予定だったが、前日計量でゲレスが体重超過で規定体重に落とせず失格・王座剥奪になったためゲレスが勝てば空位、メリンドが勝てば王座獲得の変則ルールで試合は通常通り行われ、初回に3度ダウンを奪い、初回2分21秒TKO勝ちを収め王座獲得に成功した。

2012年9月22日、ウォーターフロント・セブシティ・ホテル&カジノで元WBA世界フライ級暫定王者ジャン・ピエロ・ペレスとWBOインターナショナル同級タイトルマッチを行い、12回2-0(115-113、114-114、116-112)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

2013年4月6日、マカオにあるザ・ベネチアン・マカオコタイ・アリーナ鄒市明の前座でWBO世界ライトフライ級2位でWBOアジア太平洋ライトフライ級王者のトミー・セランと対戦し、初回にダウンを奪ってメリンドが先手を打つと、2回にダウンを追加、4回に右フックで痛烈なダウンを奪うとそのまま主審が試合終了を宣告した為、4回2分38秒TKO勝ちを収めメリンドはWBO世界フライ級1位の座を死守し指名挑戦権を獲得した。

2013年7月27日、ザ・ベネチアン・マカオ内コタイ・アリーナでWBA・WBO世界フライ級スーパー王者ファン・フランシスコ・エストラーダとWBA・WBO世界同級タイトルマッチを行うも、プロ初黒星となる12回0-3(109-117、109-118×2)の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[1]

2013年11月30日、ケソンアラネタ・コロシアムで元WBA世界ライトフライ級暫定王者ホセ・アルフレド・ロドリゲスとWBOインターナショナルフライ級王座決定戦を行い、12回3-0(118-110、119-109、118-109)の判定勝ちを収め王座を獲得した。

2014年11月15日、IBF世界ライトフライ級6位のサウル・フアレスとIBF世界ライトフライ級挑戦者決定戦を行い、12回3-0(115-113、116-112、118-110)の判定勝ちを収めハビエル・メンドーサへの挑戦権を獲得した。

2015年5月30日、バハ・カリフォルニア州エンセナーダのカンポ・ヌエバ・エンセナーダでIBF世界ライトフライ級王者ハビエル・メンドーサとIBF世界同級タイトルマッチを行うも、6回2分39秒、0-3(53-59、52-60×2)の負傷判定負けを喫し王座獲得に失敗した[2][3]

2016年11月26日、セブ市のセブ・コロシアムで八重樫東の負傷離脱に伴いIBF世界ライトフライ級3位のファーラン・サックリン・ジュニアとIBF暫定世界同級王座決定戦を行い、12回3-0(115-113×2、117-111)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[4][5]

2016年12月2日、同月30日に正規王者の八重樫東と団体内王座統一戦を行う予定だったが、メリンドが鼻を負傷し試合出場を辞退した[6]

2017年5月21日、IBF世界ライトフライ級正規王者の八重樫東と団体内王座統一戦を行い、初回2分45秒TKO勝ちを収め八重樫の正規王座を吸収させ王座獲得に成功した[7][8]

2017年9月16日、ウォーターフロント・セブシティ・ホテル&カジノで元WBA世界ミニマム級スーパー王者でIBF世界ライトフライ級6位でIBO世界ライトフライ級王者のヘッキー・ブドラーとIBF世界同級タイトルマッチを行い、12回2-1(117-110、115-112、113-115)の判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[9][10]

2017年10月19日、IBFがメリンドとブドラーにダイレクトリマッチによる再戦を指令した。ブドラー陣営は、12ラウンドのブドラーのノックダウン裁定は間違い、12ラウンド開始直後のドクターチェック中にセコンドがメリンドの傷口にアドレナリンを塗って止血処置をしたのはルール違反、117-110でメリンドの勝ちと採点したジャッジは極端すぎると、IBFに抗議していた[11]

2017年12月31日、大田区総合体育館でWBA世界ライトフライ級王者の田口良一と王座統一戦を行い、12回0-3(111-117×2、112-116)の判定負けを喫し王座統一に失敗、IBF王座の3度目の防衛に失敗し王座を田口に明け渡すと共にWBA王座の獲得に失敗した[12]

2018年10月7日、横浜アリーナでWBC世界ライトフライ級王者拳四朗とWBC世界同級タイトルマッチを行い、IBFに続く王座戴冠を目指したが7回TKO負けを喫した[13]

2019年10月5日、後楽園ホールで元日本フライ級王者の中谷潤人と対戦し、6回2分2秒TKO負けを喫した[14]

2020年8月18日、所属するフィリピンの名門ボクシングプロモーション「ALAジム」が、35年間続いていたプロモーションの閉鎖を決め、所属選手を全て契約解除とすることを発表、閉鎖の理由としてコロナ禍であることに加え、テレビ契約を交わしていたテレビ局・ABS-CBNが放送停止に追い込まれたためとしている[15][16][17]

獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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