ファン・フランシスコ・エストラーダ
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来歴
人物・ライトフライ級
父と一緒に暮らしたことはなく、幼い頃から兄弟とともに母と暮らしていたが、7歳のときに母を白血病で失くし、エストラーダ兄弟は母の姉妹に引き取られた。9歳のとき学校帰りの道すがら、木にサンドバッグを吊るしてボクシングの練習をしている親子を見かけて、その父親の方にボクシングを教えて欲しいと頼んだ。その父親は「コーチではないけれど少しなら教えてあげられるよ。」と言い、エストラーダは次の日から親子と一緒に練習を始めた[1]。
それから数ヶ月が経ち、その父親が知人のボクシングジムのコーチに見所のある子を見つけたと話した。コーチの名はファン・カルロス・ゴンザレスといい、「ドン・ファン」というあだ名で呼ばれていた。エストラーダはドン・ファンのジムに通うことになった[1]。
ドン・ファンは厳格な人柄で、練習生はジムに一歩入れば私語も許されなかった。「腕立て伏せが100回できるなら200回やらせる。常に限界まで追い込む人だった。」とエストラーダは回想している。ドン・ファンの厳しい指導によって鍛えられたエストラーダ少年はまたたくまに40、50戦を無敗で勝ち抜いた[1]。
14歳のときに実の父親が亡くなった知らせを聞いた。「一緒に暮らしたことは一度もなかったけれど、父親は父親だから、やっぱり悲しかった。」とエストラーダは語っている。その後エストラーダはアマチュア選手として3度の全国優勝を成し遂げ、この頃にドン・ファンから「エル・ガロ(雄鶏)」の異名を与えられた。アマチュア通算94勝4敗という成績で2008年に18歳でプロに転向した[1]。
2008年8月30日、ソノラ州エルモシージョのエキスポ・フォルムでセルヒオ・チャベスと対戦し、3-0の判定勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。
2010年10月2日、プエルト・ペニャスコにあるペニャスコ・デル・ソルにて、マヌエル・アルメンダリスとWBCムンドヒスパノスーパーフライ級王座決定戦を行い、2回TKO勝ちで王座獲得に成功した。
プロデビュー以来の3年間で18勝を積み上げたが、2011年2月、育ての親である叔母が交通事故で亡くなった。歩いているところを車に轢かれ、その場に居合わせた人々は叔母が助からないと決めつけて病院に運ぶ手間も惜しんだ。エストラーダが現場に駆けつけたときには、布をかぶせた叔母のなきがらが道端に横たわっていた。エストラーダはこのときのことは今でも受け入れ難いと語っている[1]。
2011年5月14日、シナロア州ロスモチスにて、ファン・カルロス・サンチェス・ジュニアと対戦。初回にダウンを奪われ、最終回にダウンを奪いサンチェスを追い上げるも、プロ初黒星となる8回0-3の判定負けを喫した。
2012年11月17日、アメリカデビュー戦となった試合をカリフォルニア州ロサンゼルスのロサンゼルス・スポーツ・アリーナで、WBA世界ライトフライ級王者ローマン・ゴンサレスと対戦し、初回から手数の多さのエストラーダと的確なパンチを放つゴンサレスの両者の持ち味が出た好試合となるが、結局判定までもつれ12回0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[2]。
フライ級
2013年4月6日、マカオのザ・ベネチアン・マカオ内にあるコタイ・アリーナで、WBAスーパー・WBO世界フライ級王者のブライアン・ビロリアと対戦し、12回2-1の判定勝ちを収め両王座を獲得した[3]。
2013年7月27日、マカオのザ・ベネチアン・マカオ内にあるコタイ・アリーナにて、WBA世界フライ級9位でWBOフライ級1位のミラン・メリンドと対戦し、12回3-0(117-109、118-109×2)の判定勝ちを収め両王座の初防衛に成功した[4]。
2014年4月26日、プエルト・ペニャスコのセントロ・デ・コンベンシオネス・プエルト・ペニャスコでWBO世界フライ級10位のリッチー・メプラナムと対戦し、9回終了TKO勝ちを収め両王座2度目の防衛に成功した[5]。
2014年9月6日、メキシコシティのアレナ・シウダ・デ・メヒコで元WBAスーパー・WBO世界ライトフライ級王者でWBO世界フライ級1位のジョバンニ・セグラと対戦し、11回1分33秒TKO勝ちを収め両王座3度目の防衛に成功した[6]。
2014年12月6日、ソノラ州エルモシージョのセントロ・デ・ウソス・ムルティプレスでWBA世界フライ級9位でWBOフライ級8位のジョーバート・アルバレスと防衛戦を行う予定だったが、WBAが王座戦として承認しなかったためノンタイトルのフライ級10回戦として行い、10回3-0(98-92、99-91×2)の判定勝ちを収めた[7]。
2015年3月28日、ユカタン州メリダのポリフォルム・サムナでWBA世界フライ級15位でWBOフライ級12位のロンメル・アセンホと対戦し、3回43秒TKO勝ちを収め両王座4度目の防衛に成功した[8][9]。
2015年9月26日、プエルト・ペニャスコのセントロ・デ・コンベンシオネス・プエルト・ペニャスコでWBA・WBO世界フライ級3位のエルナン・マルケスと対戦し、10回2分16秒KO勝ちを収め両王座5度目の防衛に成功した[10][11]。
2016年7月17日、WBAはスーパー王者のファン・フランシスコ・エストラーダとレギュラー王者の井岡一翔に対し、団体内王座統一戦を行うよう指令を出した[12][13]。
スーパーフライ級
2016年9月14日、エストラーダはスーパーフライ級に転向するために、WBAスーパー王座を返上し[14][15][16]、翌日の15日にWBO王座も返上した[17]。
2017年3月11日、メキシコシティのアレナ・シウダ・デ・メヒコでアヌアル・サラスとWBC世界スーパーフライ級シルバー王座決定戦を行い、5回KO勝ちを収め王座獲得に成功した[18]。
2017年4月4日、WBCはカルロス・クアドラスとエストラーダに対し、WBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦を行うよう指令を出した。また、この試合の勝者はローマン・ゴンサレス対シーサケット・ソー・ルンヴィサイの勝者との対戦を義務付けられた[19][20][21]。
2017年9月9日、カリフォルニア州カーソンの スタブハブ・センター・テニスコートで行われた「SUPER FLY」にてローマン・ゴンザレス対シーサケット・ソー・ルンヴィサイ第二戦の前座で、元WBC世界スーパーフライ級王者でWBC世界同級2位のカルロス・クアドラスとWBC世界スーパーフライ級挑戦権決定戦を行い、12回3-0(114-113×3)の判定勝ちを収め王者シーサケットへの挑戦権獲得に成功した[22][23][24]。この試合でエストラーダは65,000ドル(約730万円)、クアドラスは62,500ドル(約700万円)のファイトマネーを稼いだ[25]。
2018年2月24日、カリフォルニア州イングルウッドのザ・フォーラムで行われた「SUPER FLY2」で、WBC世界スーパーフライ級王者のシーサケット・ソー・ルンヴィサイとWBC世界同級タイトルマッチを行うも、12回0-2(111-117、113-115、114-114)の判定負けを喫し王座獲得および2階級制覇に失敗した[26][27]。この試合でシーサケットは250,000ドル(約2700万円)、エストラーダは100,000ドル(約1100万円)のファイトマネーを稼いだ[28]。
2019年4月26日、カリフォルニア州イングルウッドのザ・フォーラムにてWBC世界スーパーフライ級王者シーサケット・ソー・ルンヴィサイとダイレクトリマッチを行い、12回3-0(115-113×2、116-112)の判定勝ちを収め2階級制覇を果たした[29]。この試合でシーサケットは500,000ドル(約5400万円)、エストラーダは200,000ドル(約2100万円)のファイトマネーを稼いだ[30]。
2019年6月28日、所属するサンフェル・プロモーションズと共同プロモートの形でエディー・ハーンのマッチルーム・スポーツ・USAと契約を結んだ[31]。
2020年10月23日 メキシコにてカルロス・クアドラスと対戦し、ダウンの応酬の末に11回TKO勝ちを収めた。
2021年3月13日、テキサス州ダラスでWBA世界スーパーフライ級スーパー王者ローマン・ゴンサレスと再戦し、接戦の末に12回2-1(113-115、117-111、115-113)判定勝ちを収め王座を統一した(WBC王座は3回目の防衛に成功)[32]。しかし、WBAは大差(117-111)でエストラーダの勝ちと採点したことで批判が集まっていたベネズエラ出身でアメリカ在住の審判員、カルロス・スクアを暫定的な資格停止処分とし[33]、約1か月半後の5月1日の試合で審判員に復帰した[34]。
2021年3月26日、エストラーダがWBCにフランチャイズ王者の認定を要求し、WBCは、理事会でこのエストラーダの要求を全会一致で承認し、エストラーダをフランチャイズ王者に認定した。また、WBCはローマン・ゴンサレスとのダイレクトリマッチならびにラバーマッチも承認した[35]。
2021年9月8日、ローマン・ゴンサレスとのラバーマッチが10月16日に予定されていたが、ゴンサレスが新型コロナウイルスに感染したことが発表され試合が延期された[36]。
2022年1月25日、ローマン・ゴンサレスとのラバーマッチが3月5日に予定されていたが[37]、今度はエストラーダが新型コロナウイルスに感染したことが発表され試合が中止になった[38]。ゴンサレスはエストラーダとの第3戦目が予定されていた3月5日に代役のフリオ・セサール・マルティネスと対戦した。
2022年8月11日、エストラーダがスーパー王座の返上を表明した(WBAの見解は剥奪)[39][40]。
2022年9月3日、約1年6ヶ月ぶりに試合を行いメキシコ・ソノラ州エルモシージョでアルジ・コルテスと対戦し、12回判定勝ちを収めた[41]。
2022年12月3日、アリゾナ州グレンデールのヒラ・リバー・アリーナでローマン・ゴンサレスとWBC世界スーパーフライ級王座決定戦となるラバーマッチを行い、12回2-0(116-112、115-113、114-114)判定勝ちを収め2度延期していた試合を制し王座返り咲きに成功した[42]。
2024年6月29日、約1年6ヶ月ぶりに試合を行いアリゾナ州フェニックスのフットプリント・センターで、1階級下の元IBF・WBO世界フライ級王者のジェシー・ロドリゲスとWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチを行うも、4回にダウンを奪われ6回にダウンを奪うも、7回3分ジャストのKO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[43][44]。
2024年8月、エストラーダが試合契約に含まれていた再戦条項を行使した[45]。しかし、その後エストラーダは考えを変えてバンタム級への転向を決めたため、ロドリゲスとの再戦は白紙となった[46][47]。
バンタム級
2025年6月14日、ソノラ州エルモシージョのCUMエルモシージョでバンタム級転向戦としてカリム・アルセと対戦し、10回3-0判定勝ちを収めた。
2026年4月11日、両国国技館にて元プロキックボクサーでありWBC世界バンタム級2位の那須川天心とWBC世界バンタム級挑戦者決定戦を行うも[48]、9回終了時にエストラーダが棄権したためTKO負けとなった。試合後、エストラーダは病院に搬送され、左脇腹の肋骨を2本骨折していたことが翌日発表された[49]。なお、この試合は日本ではPrime Video Boxing(Amazon Prime Video)、エストラーダがマッチルームと以前契約していたこともあり日本以外の海外ではDAZNにて配信された[50]。
戦績
- プロボクシング:50戦 45勝 (28KO) 5敗
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2008年8月30日 | ☆ | 4R | 判定3-0 | セルジオ・チャベス | プロデビュー戦 | |
| 2 | 2008年11月14日 | ☆ | 1R | KO | ダニエル・コントレラス・ジュニア | ||
| 3 | 2008年12月13日 | ☆ | 2R 終了 | TKO | ビセンテ・マロキン | ||
| 4 | 2009年1月31日 | ☆ | 4R | TKO | グレゴリオ・コルテス | ||
| 5 | 2009年3月6日 | ☆ | 1R | KO | ロベルト・エルナンデス | ||
| 6 | 2009年3月29日 | ☆ | 6R | KO | ホルへ・ラミレス | ||
| 7 | 2009年4月11日 | ☆ | 2R | KO | カルロス・ロペス | ||
| 8 | 2009年5月23日 | ☆ | 5R | TKO | エドゥアルド・グティエレス | ||
| 9 | 2009年7月31日 | ☆ | 2R | TKO | ハビエル・メラス | ||
| 10 | 2009年9月4日 | ☆ | 3R 0:36 | TKO | フェリペ・アコスタ | ||
| 11 | 2009年10月16日 | ☆ | 5R | KO | カルロス・ガスパー・ハコボ | ||
| 12 | 2009年12月12日 | ☆ | 1R 2:08 | KO | マリノ・モンティエル | ||
| 13 | 2010年2月20日 | ☆ | 3R | KO | ホセ・タマヨ・ゴンザレス | ||
| 14 | 2010年5月14日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | フランシスコ・ソト | ||
| 15 | 2010年8月7日 | ☆ | 2R 2:52 | TKO | カルロス・ロドリゲス | ||
| 16 | 2010年10月2日 | ☆ | 2R | TKO | マヌエル・アルメンダリス | ||
| 17 | 2010年12月11日 | ☆ | 6R | 判定3-0 | ホセ・グアダルーペ・マルティネス | ||
| 18 | 2011年2月18日 | ☆ | 2R | KO | ホルへ・カルデナス | ||
| 19 | 2011年5月14日 | ★ | 8R | 判定0-3 | ファン・カルロス・サンチェス・ジュニア | ||
| 20 | 2011年7月2日 | ☆ | 3R 1:18 | TKO | マヌエル・デビッド・ルーゴ | ||
| 21 | 2011年9月16日 | ☆ | 6R | 判定3-0 | イバン・ディアス | ||
| 22 | 2011年11月5日 | ☆ | 2R 2:38 | TKO | ホセ・アルフレド・ティラド | ||
| 23 | 2011年12月8日 | ☆ | 8R | 判定3-0 | ルイス・メイ | ||
| 24 | 2011年12月17日 | ☆ | 10R 1:02 | TKO | ファン・カルロス・サンチェス・ジュニア | ||
| 25 | 2012年4月14日 | ☆ | 8R | 判定3-0 | ジョナタン・レコナ・ラモス | ||
| 26 | 2012年6月23日 | ☆ | 2R 2:22 | KO | アルディン・ディアル | ||
| 27 | 2012年8月24日 | ☆ | 9R 0:38 | TKO | ヘルマン・イバン・メラス | ||
| 28 | 2012年11月17日 | ★ | 12R | 判定0-3 | ローマン・ゴンサレス | WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ | |
| 29 | 2013年4月6日 | ☆ | 12R | 判定2-1 | ブライアン・ビロリア | WBA・WBO世界フライ級タイトルマッチ | |
| 30 | 2013年7月27日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ミラン・メリンド | WBA防衛1・WBO防衛1 | |
| 31 | 2014年4月26日 | ☆ | 9R 終了 | TKO | リッチー・メプラナム | WBA防衛2・WBO防衛2 | |
| 32 | 2014年9月6日 | ☆ | 11R 1:33 | TKO | ジョバンニ・セグラ | WBA防衛3・WBO防衛3 | |
| 33 | 2014年12月6日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | ジョバート・アルバレス | ||
| 34 | 2015年3月28日 | ☆ | 3R 0:43 | TKO | ロンメル・アセンホ | WBA防衛4・WBO防衛4 | |
| 35 | 2015年9月26日 | ☆ | 10R 1:16 | KO | エルナン・マルケス | WBA防衛5・WBO防衛5 | |
| 36 | 2016年10月8日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | レイモンド・タブゴン | ||
| 37 | 2017年3月11日 | ☆ | 5R 2:05 | TKO | アヌアル・サラス | WBC世界スーパーフライ級シルバー王座決定戦 | |
| 38 | 2017年9月9日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | カルロス・クアドラス | ||
| 39 | 2018年2月24日 | ★ | 12R | 判定0-2 | シーサケット・ソー・ルンヴィサイ | WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ | |
| 40 | 2018年9月8日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | フェリペ・オルクタ | WBC世界スーパーフライ級挑戦者決定戦 | |
| 41 | 2018年12月8日 | ☆ | 7R 終了 | TKO | ビクトル・メンデス | ||
| 42 | 2019年4月26日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | シーサケット・ソー・ルンヴィサイ | WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ WBC・リングマガジン獲得 | |
| 43 | 2019年8月24日 | ☆ | 9R 0:51 | TKO | デウェイン・ビーモン | WBC防衛1 | |
| 44 | 2020年10月23日 | ☆ | 11R 2:22 | TKO | カルロス・クアドラス | WBC防衛2 | |
| 45 | 2021年3月13日 | ☆ | 12R | 判定2-1 | ローマン・ゴンザレス | WBA・WBC世界スーパーフライ級王座統一戦 WBA獲得・WBC防衛3→フランチャイズ王座に認定 | |
| 46 | 2022年9月3日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | アルヒ・コルテス | ||
| 47 | 2022年12月3日 | ☆ | 12R | 判定2-0 | ローマン・ゴンザレス | WBC世界スーパーフライ級王座決定戦 | |
| 48 | 2024年6月29日 | ★ | 7R 3:00 | KO | ジェシー・ロドリゲス | WBC・リングマガジン陥落 | |
| 49 | 2025年6月14日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | カリム・アルセ | ||
| 50 | 2026年4月11日 | ★ | 9R 終了 | TKO | 那須川天心 (帝拳) | WBC世界バンタム級挑戦者決定戦 | |
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