メジログッテン
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| メジログッテン | |||||||||
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| 欧字表記 | Mejiro Gooden[1] | ||||||||
| 品種 | サラブレッド[1] | ||||||||
| 性別 | 牡[1] | ||||||||
| 毛色 | 黒鹿毛[1] | ||||||||
| 生誕 | 1987年5月9日[1] | ||||||||
| 抹消日 | 1995年3月10日 | ||||||||
| 父 | モガミ[1] | ||||||||
| 母 | ドウヤレンジャー[1] | ||||||||
| 母の父 | メジロムサシ[1] | ||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | メジロ牧場[1] | ||||||||
| 馬主 | (有)メジロ牧場[1] | ||||||||
| 調教師 | 大久保正陽(栗東)[1] | ||||||||
| 競走成績 | |||||||||
| 生涯成績 |
50戦6勝[1] 平地:13戦0勝 障害:37戦6勝 | ||||||||
| 獲得賞金 | 2億6147万4000円[1] | ||||||||
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メジログッテン(欧字名:Mejiro Gooden)は、日本の競走馬[1]。主な勝ち鞍に1992年の東京障害特別(春)、1993年の中山大障害(秋)。
1989年12月2日の3歳新馬(阪神芝2000m)でデビュー。9頭立て4着となる。その後、5戦は掲示板に載れない競馬が続いたが、4月29日の4歳未勝利で人気薄で3着と好走する。次走は6着、7着と敗れ、未勝利終了のリミットが迫った10月13日の4歳未勝利でクビ差の2着と惜敗。続く未勝利を2着、3着と善戦したものの勝ちきれなかった。その後、犬山特別に格上挑戦で挑んだが12着と惨敗。1か月後に障害競走転じた。
障害初戦となった障害4歳以上未勝利は3着。障害では最後の9歳シーズンを除いて押田年郎が主戦を務めた。年を越して5歳初戦は4着に敗れた。中1週で挑んだ障害未勝利を3着とし、次走を2着に9馬身差をつける圧勝で初勝利を飾った。昇級初戦、障害5歳以上400万下は7着に終わったものの、続く昇級2戦目で7番人気ながら中団から押し上げる競馬で1着。2勝目を飾る。昇級戦、障害5歳以上オープンは3着。重賞初挑戦となった京都大障害(春)は5着に敗れた。次走は3着に入り、6月の障害4歳以上オープンを差し切り勝ち。3勝目を挙げた。さらに、新潟障害ステークスも人気に応え1着。連勝を決める。阪神障害ステークスが中京競馬場で行われ、名称変更となった中京障害ステークスは3着。東京障害特別(秋)はシンボリクリエンスに7ハナ差敗れ2着と惜敗した。その後は京都大障害(秋)、中山大障害(秋)と連続4着に敗れた。
6歳初戦の障害オープンは6着。続く東京障害特別(春)は後続に5馬身差をつける快勝で重賞初制覇を飾った。その後は今一つな競馬が続いたが、京都大障害(秋)で勝ち馬ロングアポロンに大差をつけられるも2着と健闘。中山大障害(秋)は0.4秒差の3着と好走した。
7歳になり、障害オープンで2着。連覇を狙った東京障害特別(春)は後6着に敗れた。阪神障害ステークス(春)は勝ったシゲルデッドクロスに8馬身差の2着。続く中山大障害(春)は好位追走から最後ブロードマインドとの競り合いを制し、4馬身差をつけ優勝した[2]。しかし、1年2か月の長期休養に入り、復帰は8歳6月の障害オープンで6着に敗れる。その後は3戦連続4着。中京障害ステークス(秋)はトップハンデ62㎏で挑み3着に入った。京都大障害(秋)、中山大障害(秋)と連続6着に敗れる。
9歳になり、主戦が東田幸男に代わる。しかし、2戦連続競走中止に終わり、阪神障害ステークス(春)は完走馬中最下位の12着と惨敗。これが、最後のレースとなり、1995年3月10日に競走馬登録を抹消、引退となった。