当時利用可能だったバージェス頁岩の標本に基づくメタスプリッギナ復元図[3][5]
メタスプリッギナの発見は、おおよそ同時代に生息していたピカイアと共に、顎口上綱の起源に関する学説を混乱させる原因となった。ブランキオストマと違ってピカイアには鰓弓が存在しないため[7]、系統について以下の2通りの解釈ができる。
1つは、メタスプリッギナ以前に脊索動物門が4つに分岐し、メタスプリッギナと他の有頭動物(顎口上綱と無顎類の両方)をブランキオストマや頭索動物とともに1つのグループにし、ピカイアをその外の枝に置くものである。ここにおいてメタスプリッギナは全ての顎口上綱の直系の祖先であり、無顎類の最も近縁なグループになる。この説明ではピカイアは有頭動物と頭索動物に全く近縁でなく、それらよりもさらに原始的な動物になる。この場合、有頭動物と頭索動物は鰓弓により定義づけられる。
もう1つは、メタスプリッギナを全ての顎口上綱の祖先かつ再び無顎類と近縁とし、脊索動物門を形成するものである。しかし、ピカイアは非常に原始的な親戚ではなく全ての頭索動物の祖先として扱われ、ピカイアとブランキオストマの間のどこかで鰓弓が集中的に進化したとされる。これにより、ブランキオストマが脊索動物(あるいは少なくともその胚)と異なる数の鰓弓を持つ理由が説明できる可能性がある[7]。