メッサピア語
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ストラボン『地理誌』6.3.1によると、サレント半島はギリシア語でメッサピアまたはイアピュギアと呼び、土地の言葉では南をサレンティニ、北をカラブリアと呼んだ(現代のカラブリア州とは場所が異なることに注意)。その北にはペウケティイ人とダウヌリイ人(アプーリア)の土地があった。いっぽうポリュビオス『歴史』3.88.4はペウケティイ人・ダウヌリイ人・メッサピイ人の住む地域全体がイアピュギアであるとする[2]。
メッサピア語で書かれた300ほどの碑文が発見されている[3]。しかしそのほとんどは墓誌銘であり、固有名詞しか書かれていない[4]。
メッサピア語はアドリア海の反対側のバルカン北西部で話されていたイリュリア語と近い関係にあるとされることが多い。古文献でも、たとえばプリニウス『博物誌』3.102でアプーリアのパエディクリ人がイリュリア人の子孫であるとする[2]。しかし資料が少なすぎるため、言語学的にはいまのところ仮説にとどまる[3]。

