メフメト・アウレリオ
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Marco Aurélio Brito dos Prazeres
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トルコ代表でのアウレリオ | ||||||
| 名前 | ||||||
| 本名 |
マルコ・アウレリオ・ブリトー・ドス・プラゼレス Marco Aurélio Brito dos Prazeres | |||||
| ラテン文字 | MEHMET AURÉLIO | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1977年12月15日(47歳) | |||||
| 出身地 | リオデジャネイロ | |||||
| 身長 | 178cm | |||||
| 体重 | 68kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1995-2001 |
| 123 | (21) | |||
| 2001 |
| 17 | (2) | |||
| 2001-2003 |
| 64 | (15) | |||
| 2003-2008 |
| 176 | (13) | |||
| 2008-2010 |
| 69 | (6) | |||
| 2010-2012 |
| 34 | (1) | |||
| 2013 |
| 10 | (0) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 2006-2011 |
| 37 | (2) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2015 |
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| 2015 |
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| 2016 |
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| 2016- |
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マルコ・アウレリオ・ブリトー・ドス・プラゼレス(Marco Aurélio Brito dos Prazeres、1977年12月15日 - )は、ブラジル・リオデジャネイロ出身の元サッカー選手、サッカー指導者。トルコ代表であった。現役時代ポジションはミッドフィールダー(MF)。トルコ名はメフメト・アウレリオ(Mehmet Aurélio)。
クラブ
地元リオデジャネイロのCRフラメンゴからデビューした。CRフラメンゴで100試合以上に出場し、2001年には下部リーグのオラリアACでプレーした。2001年6月、トルコ・スュペル・リグのトラブゾンスポルに移籍し、2002-03シーズンにはテュルキエ・クパスを制した。2003年6月、フェネルバフチェSKに移籍した。フェネルバフチェSKではクラブの中心選手となり、スュペル・リグで3度、TFFスュペル・クパで1度優勝した。
2008年6月、フリートランスファーでリーガ・エスパニョーラのレアル・ベティスと2年契約を結んだ[1]。2シーズンで69試合に出場して6得点を挙げた。ベティスとの契約が満了した2010年夏には再びトルコに戻り、ベシクタシュJKと2年契約を結んだ[2]。基本給に加えて、出場試合数に応じたボーナスが支払われる[3]。2010-11シーズンのテュルキエ・クパス決勝ではイスタンブールBBと対戦し、延長戦を終えて2-2となったために試合の結果はPK戦に委ねられたが、アウレリオはPKを決めて優勝に貢献した。
代表
2006年7月にトルコに帰化した。帰化選手として初めてトルコ代表に招集され[4]、8月のルクセンブルク戦でトルコ代表デビューした。UEFA EURO 2008予選ではファティ・テリム監督率いるトルコ代表でレギュラーポジションを獲得し、12試合中11試合に先発出場した。2008年にスイスとオーストリアで共催されたUEFA EURO 2008本大会では、グループリーグのポルトガル戦・スイス戦・チェコ戦すべてと準決勝のドイツ戦に出場した。アンカーやセンターハーフを担い、トルコ代表の準決勝進出に貢献した。