ディディエ・ドログバ

コートジボワールのサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ディディエ・イヴ・ドログバ・テビリーDidier Yves Drogba Tébily, 1978年3月11日 - )は、コートジボワールアビジャン出身の元サッカー選手。元コートジボワール代表。ポジションはフォワード。愛称はティト

本名 ディディエ・イヴ・ドログバ・テビリー
Didier Yves Drogba Tébily
愛称 英雄・ティト・フィジカルキング
ラテン文字 Didier Drogba
概要 ディディエ・ドログバ, 名前 ...
ディディエ・ドログバ
名前
本名 ディディエ・イヴ・ドログバ・テビリー
Didier Yves Drogba Tébily
愛称 英雄・ティト・フィジカルキング
ラテン文字 Didier Drogba
基本情報
国籍 コートジボワールの旗 コートジボワール
フランスの旗 フランス
生年月日 (1978-03-11) 1978年3月11日(48歳)
出身地 アビジャン
身長 189cm
体重 93kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1989-1991 フランスの旗 アブヴィル
1991-1993 フランスの旗 ヴァンヌ
1993-1997 フランスの旗 ルヴァロワ
1997-1998 フランスの旗 ル・マン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2002 フランスの旗 ル・マン 64 (12)
2002-2003 フランスの旗 ギャンガン 45 (20)
2003-2004 フランスの旗 マルセイユ 35 (19)
2004-2012 イングランドの旗 チェルシー 226 (100)
2012 中華人民共和国の旗 上海申花 11 (8)
2013-2014 トルコの旗 ガラタサライ 37 (15)
2014-2015 イングランドの旗 チェルシー 28 (4)
2015-2016 カナダの旗 モントリオール・インパクト 33 (21)
2017-2018 アメリカ合衆国の旗 フェニックス・ライジング 21 (13)
通算 500 (212)
代表歴
2002-2014 コートジボワールの旗 コートジボワール 105 (65)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年11月9日現在。
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2度のアフリカ年間最優秀選手、2度のプレミアリーグ得点王など数々の栄誉を手にしたストライカーであり、アフリカ史上最高のサッカー選手の1人に数えられる。コートジボワール代表の元主将であり、コートジボワール代表の最多得点記録の保持者でもある。

経歴

クラブ

コートジボワール代表でキャプテンを務めるドログバ

裕福な家庭に生まれたドログバは、将来は医者か何かに、と父親がエリート教育を望んだため、5歳で生まれ故郷のコートジボワールを離れフランスへ移住した。サッカー選手であった叔父の元で育てられた影響で、学問だけでなくサッカーでも頭角を現し、18歳までパリ郊外の地元チームのル・マンなどに所属し、19歳でル・マンUCとプロ契約し選手生活が始まった。しかし黒人であることから、チームメイトから「なんで黒人がフットボールなんてやってんだ?」と言われるなどし、差別が根強かったサッカー文化に絶望したこともあるという[要出典]

ル・マンでは怪我もあり満足な活躍ができず、2001-02シーズン途中からギャンガンに移籍、2002-03シーズンに17得点を挙げると注目され、マルセイユに5年契約で移籍。素早い順応を見せ、リーグで18得点を挙げ、2003-04シーズンのリーグ・アン最優秀選手に選出された。UEFAカップでも6ゴールを挙げて準優勝の原動力になった。チャンピオンズリーグで対戦した当時FCポルトモウリーニョ監督の目に留まり同監督とともにイングランドプレミアリーグチェルシーへ、同クラブ史上最高額の推定移籍金3600万ユーロで移籍した[1]

背番号を15番から11番に変更した2006-07シーズン、アンドリー・シェフチェンコの加入により出番が少なくなると思われていたが、2トップで使われる形が多くなることもありチェルシー加入3シーズン目で本領発揮、開幕から活躍を見せアフリカ年間最優秀選手に選ばれる。最終的に公式戦59試合出場33得点を挙げた。20得点を挙げてプレミアリーグ得点王となった。

2008-09シーズンに就任したルイス・フェリペ・スコラーリ監督の下では、怪我などにより控えに回る事が多く不発に終わったが、2009年2月に就任したフース・ヒディンク監督の下では、これまでにはなかったニコラ・アネルカとの2トップを組み、UEFAチャンピオンズリーグ2008-09ユヴェントス戦では1stレグ、2ndレグともにゴールを決めるなど、怪我からの復調を印象付ける活躍をみせ、改めてエースとしての存在感を見せつけた。2009年5月6日にスタンフォード・ブリッジにおいて開催されたUEFAチャンピオンズリーグ準決勝2ndレグ、FCバルセロナ戦において主審を務めたトム・ヘニンク・エブレベの判定に対して試合後に激しい批判を行い、後に行動が不適切であったとして謝罪した[2]。また、以前から慕っていた元チェルシー監督のジョゼ・モウリーニョを追ってインテル・ミラノに移籍するという噂がメディアの間で度々出ていたが本人がこれを否定、更にはチェルシーとの契約延長が決まった。

2009-10シーズンのアンチェロッティ監督の下では前シーズン得点王のニコラ・アネルカと2トップを組み、ゴールを量産。自身は「相手にとって最も怖いFWコンビになる」とコメントしている。2009年10月10日のマラウイ戦ではコートジボワールの2大会連続W杯出場を決める同点ゴールを挙げた。そして2010年5月9日、勝てば自力でのチェルシーの優勝が決まる最終節のウィガン戦でハットトリックを達成するなどチームを勝利に導き、リーグ通算29点を挙げ得点王も獲得した。この時ドログバは32歳であり、プレミアリーグの得点王の最年長記録保持者だった(2019-20シーズンのジェイミー・ヴァーディが33歳で更新)。さらにチームは総得点103点という記録を叩き出し、プレミアリーグのシーズン最多得点記録を更新している。

UEFAチャンピオンズリーグ 2011-12 決勝では1点ビハインドから同点ゴールをヘディングで決め、PK戦でも最後のキッカーとして成功させチームを優勝に導いた[3]。この試合ではUEFA選出のマン・オブ・ザ・マッチにも選ばれている。

2011-12シーズンをもってチェルシー退団を発表。同クラブ初となるUEFAチャンピオンズリーグの優勝を決めたPKが、チェルシーでのラストタッチとなった。

2012年6月20日に自身のホームページで、中国スーパーリーグ上海申花に移籍する事を発表した[4]

しかし、給料未払いなどの問題から移籍が噂されるようになり、ユヴェントスミラン移籍の噂が注目された。2013年1月にトルコ・スュペル・リグガラタサライに移籍した[5][6]

2013-14シーズンで契約満了によりガラタサライを退団し、2014年7月25日、古巣のチェルシーに復帰した[7]。背番号は15番を使用する事になっていたが[8]、その後チェルシーで最も成功したシーズン時につけていた背番号である11番に変更された[9]。2014年10月21日、チャンピオンズリーグNKマリボル戦でチェルシー復帰後初ゴールを挙げた[10]。2015年5月24日にチェルシー退団を発表した[11]

フリー状態となっていたが、2015年7月27日にMLSモントリオール・インパクトへの加入を発表した[12][13]

2017年からは、北米サッカーリーグ(実質アメリカ2部)に所属するフェニックス・ライジングFCにて共同オーナー兼選手としてプレー[14]。10月20日には、リーグ戦で40ヤード超の距離から直接FKを決めて話題となった[15]。2018年3月に今シーズン限りでの引退を示唆していたが、11月21日に正式に引退を発表。自身のキャリアについて、「選手として成し遂げてきたことにこれ以上誇りに思えることはない」と振り返った[16]

代表

幼い頃フランスへ移住していたため、フランス人としてフランス代表でプレーすることも可能であったが、母国であるコートジボワール代表を選択。DFコロ・トゥーレと共に母国をW杯初出場に導く原動力となった。2014年8月に代表を引退した[17]

エピソード

  • アメリカ『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」の中に選ばれている[20]

名前の発音

彼の名前の「gb」は、「b」でも「v」でもない音を発音する。この子音は、西アフリカの言語にある独特な子音である(有声両唇軟口蓋破裂音)。「gba」を「グバ」と表記するのは英語ベースで、「バ」と表記するほうが原語ベースである。したがって、「ディディエ・ドロバ」と表記したほうが原語に近い(ただしカタカナで表記すること自体に限界がある)。

個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
フランス リーグ戦 F・リーグ杯フランス杯 期間通算
1998-99ル・マンリーグ・ドゥ20000020
1999-003072000327
2000-011100031141
2001-022152111247
2001-02ギャンガンリーグ・アン1130000113
2002-03341720343921
2003-04マルセイユ11351921213921
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2004-05チェルシー15プレミア261041203211
2005-06291210313313
2006-0711362054634727
2007-081981110219
2008-092452163329
2009-10322922433834
2010-11361100203311
2011-122450032277
中国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2012上海申花11超級1180000118
トルコ リーグ戦 トルコ杯オープン杯 期間通算
2012-13ガラタサライ12スュペル・リグ1350000135
2013-14241031002711
イングランド リーグ戦 FLカップFAカップ 期間通算
2014-15チェルシー11プレミア2845120355
アメリカ合衆国・カナダ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
2015モントリオール・インパクト11MLS111100001111
2016221000212411
2017フェニックス・ライジング11USL1390000139
201884000095
通算フランスリーグ・アン 803941558945
フランスリーグ・ドゥ 641241427215
イングランドプレミア 25410420102912303126
中国超級 1180000118
トルコスュペル・リグ 371531004016
アメリカ合衆国MLS 332100213522
アメリカ合衆国USL 221400002113
総通算 49721031134020571245
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国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
UEFAUEFA CL
2003-04マルセイユ1185
UEFAUEFA EL
2003-04マルセイユ1186
UEFAUEFA CL
2004-05チェルシー1595
2005-0671
2006-0711126
2007-08116
2008-09105
2009-1053
2010-1172
2011-1286
2012-13ガラタサライ1241
2013-1482
2014-15チェルシー1152
通算UEFA 10250
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代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 106試合 66得点(2002年-2014年)[23]
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コートジボワール代表国際Aマッチ
出場得点
200210
200374
200476
200587
2006158
200784
200884
200978
2010114
201155
2012149
201394
201463
通算10666
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得点

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#開催年月日開催地対戦国スコア結果試合概要
1.2003年2月11日フランスの旗シャトールーカメルーンの旗 カメルーン2030親善試合
2.2003年6月8日コートジボワールの旗アビジャンブルンジの旗 ブルンジ1061アフリカネイションズカップ2004予選
3.20
4.30
5.2004年3月31日チュニジアの旗チュニスチュニジアの旗 チュニジア0102親善試合
6.02
7.2004年4月28日フランスの旗エクス=レ=バンギニアの旗 ギニア1042
8.2004年6月6日コートジボワールの旗アビジャンリビアの旗 リビア20202006 FIFAワールドカップ予選
9.2004年6月10日エジプトの旗アレクサンドリアエジプトの旗 エジプト1212
10.2004年9月5日コートジボワールの旗アビジャンスーダンの旗 スーダン1050
11.2005年3月27日ベナンの旗 ベナン1121
12.21
13.2005年6月19日エジプトの旗 エジプト1020
14.20
15.2005年9月4日カメルーンの旗 カメルーン1123
16.23
17.2005年11月6日スイスの旗ジュネーヴイタリアの旗 イタリア1111親善試合
18.2006年1月17日アラブ首長国連邦の旗アブダビヨルダンの旗 ヨルダン0102
19.2006年1月21日エジプトの旗カイロモロッコの旗 モロッコ0101アフリカネイションズカップ2006
20.2006年1月24日リビアの旗 リビア0112
21.2006年2月7日エジプトの旗アレクサンドリアナイジェリアの旗 ナイジェリア0101アフリカネイションズカップ2006準決勝
22.2006年6月4日フランスの旗ボンドゥフルスロベニアの旗 スロベニア1030親善試合
23.20
24.2006年6月10日ドイツの旗ハンブルクアルゼンチンの旗 アルゼンチン21212006 FIFAワールドカップ
25.2006年11月15日フランスの旗ル・マンスウェーデンの旗 スウェーデン0101親善試合
26.2007年2月6日フランスの旗ルーアンギニアの旗 ギニア1010
27.2007年6月3日コートジボワールの旗ブアケマダガスカルの旗 マダガスカル5050アフリカネイションズカップ2008予選
28.2007年10月17日オーストリアの旗インスブルックオーストリアの旗 オーストリア1132親善試合
29.32
30.2008年1月12日クウェートの旗クウェート市クウェートの旗 クウェート0202
31.2008年1月25日ガーナの旗セコンディ=タコラディベナンの旗 ベナン1041アフリカネイションズカップ2008
32.2008年1月29日ガーナの旗アクラマリ共和国の旗 マリ1030
33.2008年2月3日ガーナの旗セコンディ=タコラディギニアの旗 ギニア2050
34.2009年2月11日トルコの旗イズミルトルコの旗 トルコ1111親善試合
35.2009年3月29日コートジボワールの旗アビジャンマラウイの旗 マラウイ20502010 FIFAワールドカップ予選
36.30
37.2009年6月20日ブルキナファソの旗ワガドゥグーブルキナファソの旗 ブルキナファソ1323
38.2009年9月5日コートジボワールの旗アビジャン2050
39.50
40.2009年10月10日マラウイの旗ブランタイヤマラウイの旗 マラウイ1111
41.2010年1月5日タンザニアの旗ダルエスサラームタンザニアの旗 タンザニア0101親善試合
42.2010年1月15日アンゴラの旗カビンダガーナの旗 ガーナ3031アフリカネイションズカップ2010
43.2010年5月30日フランスの旗トノン=レ=バンパラグアイの旗 パラグアイ1022親善試合
44.2010年6月20日南アフリカ共和国の旗ヨハネスブルクブラジルの旗 ブラジル31312010 FIFAワールドカップ
45.2011年3月27日ガーナの旗アクラベナンの旗 ベナン1121アフリカネイションズカップ2012予選
46.21
47.2011年6月5日ベナンの旗コトヌーベナンの旗 ベナン0226
48.24
49.2011年8月10日スイスの旗ジュネーヴイスラエルの旗 イスラエル2434親善試合
50.2012年1月13日アラブ首長国連邦の旗アブダビチュニジアの旗 チュニジア0202
51.2012年1月22日赤道ギニアの旗マラボスーダンの旗 スーダン1010アフリカネイションズカップ2012
52.2012年2月4日赤道ギニアの旗 赤道ギニア1030
53.20
54.2012年6月2日コートジボワールの旗アビジャンタンザニアの旗 タンザニア20202014 FIFAワールドカップ予選
55.2012年9月8日セネガルの旗 セネガル3242アフリカネイションズカップ2013予選
56.2012年10月13日セネガルの旗ダカール0102
57.02
58.2012年11月14日オーストリアの旗リンツオーストリアの旗 オーストリア0203親善試合
59.2013年1月30日南アフリカ共和国の旗ルステンブルクアルジェリアの旗 アルジェリア2122アフリカネイションズカップ2013
60.2013年8月14日アメリカ合衆国の旗イーストラザフォードメキシコの旗 メキシコ3141親善試合
61.2013年9月7日コートジボワールの旗アビジャンモロッコの旗 モロッコ11112014 FIFAワールドカップ予選
62.2013年10月12日セネガルの旗 セネガル1031
63.2014年3月5日ベルギーの旗ブリュッセルベルギーの旗 ベルギー2122親善試合
64.2014年5月31日アメリカ合衆国の旗セントルイスボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ2121
65.2014年6月4日アメリカ合衆国の旗フリスコエルサルバドルの旗 エルサルバドル0212
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タイトル

クラブ

チャンピオンズリーグを制し、ビッグイヤーを掲げるドログバ
チェルシー
ガラタサライ
フェニックス・ライジング
  • ウェスタン・カンファレンス : 2018

個人

脚注

外部リンク

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