スレドネコリムスク
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歴史
1643年または1644年に、コサックによってヤルマンカの砦と集落が築かれ、1775年にスレドネコリムスクと改名されたうえで町が創立され、コリマ川地方の中心となった。この地方は毛皮の産地であった一方で、極寒の流刑地でもあり、デカブリストの乱の関係者らもこの町に流刑された。19世紀末、スレドネコリムスクには500人あまりが住み、147軒の家、22のテント、12の商店、木造の教会、教会学校と小さな病院があった。住民は漁業や鳥の狩猟、毛皮の採取、キノコや木の実の採集を行い生活していた。
1917年のロシア革命以降に起きたロシア内戦では、この地域は当初白軍が支配したが、1923年に赤軍が制圧し、ソビエト連邦の一部であるヤクート・ソビエト社会主義自治共和国に属した。1930年にはスレドネコムリスク地区(ラヨン)が置かれ、コリマ川の水運拠点として整備が進められ、ソ連統治時代に人口は増加した。
1990年のロシア共和国による主権国家宣言や1991年のソビエト連邦の崩壊を経て、1992年からスレドネコムリスクはロシア連邦に加盟するサハ共和国の町(都市型集落)となった。同時期の経済混乱の中、スレドネコムリスクの人口は減少したが、近年ではほぼ横ばいという結果がロシアの国勢調査により示されている。
