ヤマニンアクロ

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欧字表記 Yamanin Acro[1]
性別 [1]
ヤマニンアクロ
欧字表記 Yamanin Acro[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 栗毛[1]
生誕 1996年5月2日[1]
死没 2020年2月3日(24歳没)
抹消日 2001年11月30日
ヤマニンスキー[1]
ヤマニンクララ[1]
母の父 ブレイヴェストローマン[1]
生国 日本の旗 日本北海道静内町[1]
生産者 ヤマニンベン牧場[1]
馬主 土井肇[1]
調教師 萩原清美浦[1]
競走成績
生涯成績 10戦2勝[1]
獲得賞金 6061万6000円[1]
勝ち鞍
GIII共同通信杯4歳S1999年
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ヤマニンアクロ(欧字名:Yamanin Acro、1996年5月2日 -2020年2月3日 )は、日本競走馬[1]。主な勝鞍は1999年共同通信杯4歳ステークス

引退後

1998年9月6日札幌競馬場]で行われた3歳新馬戦にて勝浦正樹を背にデビュー、最低人気で出走すると2馬身差で初優勝を飾った。続く重賞初挑戦の札幌3歳ステークスでは9馬人気ながら5着と掲示板入りし善戦するが、その後も掲示場に入りはするもののなかなか勝てずにいた。

1999年共同通信杯4歳ステークスから始動。10番人気と低人気で出走すると逃げ切りがちで制し、騎乗した勝浦正樹と共に重賞初制覇を飾った[2][3]。しかしその後は1勝もすることができないどころか、掲示板入りすることさえできず、2001年11月24日に行われた準オープン・ウェルカムステークスをブービーの11着と惨敗し、同レースを最後に同年の11月30日に中央競馬の競走馬登録を抹消された。

引退後は宮城県にて乗馬となり[2]2005年からは千葉県佐倉市の佐倉ライディングクラブで引退名馬としての繁養が始まった[2]。同乗馬クラブにはダイタクヤマトもいた。2012年からは静岡県島田市にあるラブリーホースガーデンに移動し、2013年からは香川県綾川町の乗馬クラブスタリオンステーブルに移動した[2]

2020年2月23日に死亡した[4]

競走成績

競走日競馬場競走名距離(馬場)


オッズ
(人気)
着順タイム
(上り3F)
着差騎手斤量
[kg]
1着馬(2着馬)馬体重
[kg]
1998.9.6 札幌 3歳新馬 芝1800m(良) 5 3 3 22.8(5人) 1着 1:58.4(34.8) -0.3 勝浦正樹 52 (ホッカイパープル) 516
9.26 札幌 札幌3歳S GIII 芝1800m(良) 14 4 5 49.0(9人) 5着 1:51.3(38.0) 1.0 勝浦正樹 53 マイネルプラチナ 520
11.8 東京 百日草特別 500万下 ダ1800m(良) 9 3 3 5.7(4人) 2着 1:48.7(36.2) 0.0 勝浦正樹 54 フューチャーアイドル 516
11.21 東京 東スポ杯3歳S GIII 芝1800m(良) 10 8 9 8.2(4人) 4着 1:49.8(35.4) 1.2 岡部幸雄 54 アドマイヤコジーン 518
1999.2.14 東京 共同通信杯4歳S GIII 芝1800m(良) 14 4 5 33.0(10人) 1着 1:50.2(35.6) -0.2 勝浦正樹 55 (キンショーテガラ) 520
4.18 中山 皐月賞 GI 芝2000m(良) 17 4 7 45.2(10人) 10着 2:01.5(36.2) 0.8 勝浦正樹 57 テイエムオペラオー 528
6.6 東京 東京優駿 GI 芝2400m(良) 18 3 5 61.1(12人) 10着 2:27.0(37.1) 1.7 勝浦正樹 57 アドマイヤベガ 522
10.2 中山 ユニコーンS GIII ダ1800m(良) 13 6 9 13.4(7人) 12着 1:54.3(39.0) 1.7 勝浦正樹 56 ゴールドティアラ 528
2001.11.10 東京 ノベンバーS 1600万下 芝1800m(不) 15 2 3 74.5(14人) 15着 1:56.3(40.6) 4.5 勝浦正樹 56 フサイチドラゴン 522
11.24 東京 ウェルカムS 1600万下 芝2000m(良) 11 5 5 119.8(11人) 11着 2:03.0(38.2) 3.3 勝浦正樹 54 ビッグゴールド 550

血統表

脚注

外部リンク

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