ユーワフォルテ
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経歴
競走馬時代
脚部不安を抱えていたことから4歳秋と遅いデビューになったが[2]、初戦の2着を経て2戦目に初勝利を挙げた。その後は4か月の休養後に2勝目、1年の休養後に3勝目と、順調に出走できないものの連勝を続け、6歳となった1990年5月に新潟大賞典で重賞に初出走。当日3番人気の支持を受けると、中団前方から最後の直線で抜け出し、モガミチャンピオンに1馬身4分の3差を付けて勝利を挙げた。初出走から3年間で6戦5勝・2着1回という成績で、騎乗した徳吉一己は「このあと無事に成長してくれれば、それこそどこまで伸びるか。本当に楽しみですよ[2]」、管理調教師の保田隆芳は「もし順調にいけば先々はGIでも通用する馬なんですけどね[2]」と期待を口にした。だが、以後ふたたび出走することはできず引退となった。結果として、6戦連対率100パーセントという成績を残しての引退であった。
引退後
引退後は種牡馬となった。85頭が血統登録され、その中から金沢競馬の重賞を2勝したカゼノヒリュウが出た[3]。
主な産駒
- カゼノヒリュウ(1998年いぬ鷲賞、1999年ほくてつニューイヤーカップ)
競走成績
以下の内容は、netkeiba.com[5]およびJBISサーチ[6]に基づく。
| 年月日 | レース名 | 格 | 頭数 | 枠番 | 馬番 | 人気 | 着順 | 距離(状態) | タイム | 着差 | 騎手 | 斤量 | 馬体重 | 勝ち馬/(2着馬) | |||
| 1988 | 10. | 1 | 福島 | 4歳未勝利 | 12 | 6 | 7 | 4 | 2着 | ダ1000m(稍) | 1:00.0 | 0.6秒 | 徳吉一己 | 55 | 494 | トシサンシー | |
| 10. | 15 | 福島 | 4歳未勝利 | 12 | 7 | 10 | 1 | 1着 | ダ1000m(良) | 1:01.7 | -0.4秒 | 徳吉一己 | 55 | 494 | (ジョイスポート) | ||
| 1989 | 2. | 19 | 東京 | 4歳上400万下 | 13 | 5 | 7 | 3 | 1着 | ダ1400m(重) | 1:25.6 | -0.1秒 | 的場均 | 56 | 506 | (デトネーション) | |
| 1990 | 2. | 15 | 中山 | 4歳上500万下 | 16 | 4 | 7 | 3 | 1着 | ダ1800m(重) | 1:52.9 | -0.6秒 | 徳吉一己 | 57 | 504 | (セノエスター) | |
| 3. | 17 | 中山 | 総武特別 | 900 | 11 | 7 | 9 | 1 | 1着 | 芝1800m(良) | 1:49.3 | -0.0秒 | 徳吉一己 | 57 | 496 | (ラブリーストーム) | |
| 5. | 13 | 新潟 | 新潟大賞典 | GIII | 14 | 8 | 13 | 3 | 1着 | 芝2000m(良) | 2:02.1 | -0.3秒 | 徳吉一己 | 53 | 484 | (モガミチャンピオン) | |
血統
血統表
| 父系 | ミルリーフ系 [§ 2] | |||
|---|---|---|---|---|
父 *ミルジョージMill George 1975 鹿毛 アメリカ |
父の父 Mill Reef 1968鹿毛 アメリカ |
Never Bend | Nasrullah | |
| Lalun | ||||
| Milan Mill | Princequillo | |||
| Virginia Water | ||||
父の母 Miss Charisma 1967鹿毛 アメリカ |
Ragusa | Ribot | ||
| Fantan | ||||
| *マタティナ Matatina |
Grey Sovereign | |||
| Zanzara | ||||
母 サシマサンダー 1978栗毛 日本 |
*ネヴァービート Never Beat 1959 栃栗毛 イギリス |
Never Say Die | Nasrullah | |
| Singing Grass | ||||
| Bride Elect | Big Game | |||
| Netherton Maid | ||||
母の母 *シァラShiara 1970 鹿毛 イギリス |
Shantung | Sicambre | ||
| Barley Corn | ||||
| Tarara | Tamerlane | |||
| Fairbourne | ||||
| 母系 (F-No.) | シアラ系 (FN: 4-i) [§ 3] | |||
| 5代内の近親交配 | Nasrullah 4×5×4=15.63%、Nearco 5×5×5=9.38% [§ 4] | |||
| 出典 | ||||
母・サシマサンダー
母サシマサンダーは屠殺寸前で本馬の生産者である福田清に救われたエピソードを持つ。サシマサンダーは未熟馬であったうえ発育も著しく悪かったため競馬に使えず、繁殖牝馬としても失格と見なされて一時は廃用と決まった[2]。屠殺場行きの馬運車に乗せられたが、途中、家畜商が休憩のため知り合いだった福田の牧場に立ち寄る[2]。そこでサシマサンダーの血統を聞かされた福田は、ブルードメアサイアー(母の父)としても良績を挙げていた名種牡馬ネヴァービートの子と知って牧場に引き取ることにし、サシマサンダーは屠殺を免れた[2]。ユーワフォルテが新潟大賞典を制し、福田から「とんだ掘り出し物」「牧場の宝」と賞賛されたが[2]、翌年に死亡。フォルテの全妹であるユーワジョイナーが繁殖牝馬としてブリーダーズゴールドカップ、オグリキャップ記念と交流重賞を2勝したアルアランのほか、北海道2歳優駿勝ち馬メトロノースの母マンハッタン、ケイアイチョウサン・オジュウチョウサン兄弟の母シャドウシルエットを出した[8]。