ケイアイチョウサン
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| ケイアイチョウサン | ||||||
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むらさき賞パドック(2016年5月29日) | ||||||
| 欧字表記 | K I Chosan[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 黒鹿毛[1] | |||||
| 生誕 | 2010年2月11日[1] | |||||
| 死没 | 不明 | |||||
| 抹消日 | 2017年4月5日[2] | |||||
| 父 | ステイゴールド[1] | |||||
| 母 | シャドウシルエット[1] | |||||
| 母の父 | シンボリクリスエス[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | 坂東牧場[1] | |||||
| 馬主 | (株)チョウサン[1] | |||||
| 調教師 |
小笠倫弘(美浦) →和田正道(美浦) →和田雄二(美浦)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 |
39戦3勝[1] 平地:38戦3勝 障害:1戦0勝 | |||||
| 獲得賞金 | 1億2266万円[1] | |||||
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ケイアイチョウサン(欧字名:K I Chosan、2010年2月11日 - 不明)は、日本の競走馬。主な勝ち鞍は2013年のラジオNIKKEI賞。
馬名の由来は、家族のイニシャル+冠名[2]。「ケイアイ」のケイ(K)は妻の名前のイニシャルを、アイ(I)は「愛してる」を意味している[3]。
全弟に、中山グランドジャンプなど障害重賞15勝のオジュウチョウサンがいる。
2歳・3歳(2012年・2013年)
2012年8月5日、新潟競馬場5レースの2歳新馬戦(芝1800m)でデビューし7着。5戦目となった11月18日の東京競馬場・2歳未勝利戦で初勝利を収めた。
3歳シーズンは格上挑戦で1月21日の京成杯より始動。道中後方3番手から徐々に順位を上げ、フェイムゲームから0.2秒差の3着に好走した。次走の共同通信杯は直線で伸びきれず8着。その後いったん自己条件に戻って1勝した。6月30日、3度目の重賞挑戦でラジオNIKKEI賞に出走。後方3番手から直線内を鋭く伸び、ゴール前でのカシノピカチュウ・アドマイヤドバイ・フラムドグロワールとの接戦を制し重賞初優勝を飾った[4]。9月17日のセントライト記念は最後方から追い込んで5着。GI初挑戦となった10月20日の菊花賞は13番手の位置から上り最速の脚で前方集団に迫り、エピファネイアの5着に入った。
4歳~7歳(2014年~2017年)
4歳シーズンは1月5日の中山金杯より始動し5着。その後は勝てないレースが続き、夏から条件クラスに降級した。降級後初戦の天の川ステークスこそ2着に入ったが、その後のレースは着外が続き、5歳シーズンから和田正道厩舎に転厩した。
転厩後も二桁順位に沈むことが多く、6歳シーズンには和田雄二厩舎に再転厩。再転厩後は5回掲示板に入り復調傾向を見せたものの、結局勝利を挙げることはできず、7歳3月の障害競走・4歳以上未勝利戦(6着)を最後に競走馬を引退した。
引退後
競走馬引退後は乗馬となり[5]、2018年10月には大井競馬場で開催された相馬野馬追甲冑競馬に出走した[6]。しかし2019年以降は全国乗馬倶楽部振興協会が公表している乗用馬名簿に記載がなく[7]、功労馬繋養展示事業の対象にもなっておらず行方不明の状況にある。